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第36話「三人恋人、説明書はございません!」

「……えっ」


「……えっ」


私の爆弾発言に、夕暮れの茶室は、先ほどまでとは全く違う種類の沈黙に包まれた。目の前の双子の若様たちは、美しいお顔を揃えて、鳩が豆鉄砲を食ったように固まっている。


先に我に返ったのは、清馬様だった。


「ど、どういう意味だよ!?俺と付き合ってる間、兄上はどうすんだよ!? そもそも、どっちが一番なんだ!?」


感情のままに、彼は矢継ぎ早に私に詰め寄る。


「待て清馬、落ち着け」


それを制したのは、清継様だった。 彼は冷静さを取り戻したように見えたが、その声は僅かに上ずっている。


「…琴葉さん、君の言う『付き合う』の定義を、まずは明確にしてほしい。 例えば、貞淑ていしゅくの義務は、どちらに対して発生するんだ?」


(ていしゅくのぎむ…!?)


清継様は、あくまで冷静に、しかし全くトンチンカンな角度から、この異常事態を分析しようとしていた。


二人のあまりの剣幕に、私は呆れ顔で、しかしきっぱりと言い放った。


「わかりません!ですが、お二人の想いのどちらか一方だけをいただくなんて、私にはできませんでした!……なので、まずは『お試し』ということで、始めてみませんか?」


「「お試し!?」」


「はい!」


私の鶴の一声に、双子は顔を見合わせる。 全く納得がいかない、という表情だったが、ここで反論して私に嫌われることだけは、何としても避けたいらしい。二人は互いに鋭い視線を交わしながらも、


「……わかったよ」


「……仕方ないな」


と、この奇妙な三人関係の開始を、不承不承ふしょうぶしょう、受け入れるしかなかった。


翌朝。三人は、初めて「恋人」として同じ車で登校することになった。 誰が私の隣に座るかで一瞬、火花が散った結果、私は後部座席の真ん中に座ることになった。車内は、甘く、そして息が詰まるほど気まずい沈黙に満ちている。


その沈黙を破ったのは、私の左側に座っていた清馬様だった。 彼は、意を決したように、そっと私の左手を握ってきた。 驚いてそちらを見ると、彼は照れくさそうにぷいと顔を背けている。 けれど、握られた手には、ぎゅっと力が込められていた。


その、直後だった。 今度は右側に座っていた清継様が、何も言わずに、しかし有無を言わせぬ確かな力で、私の右手をそっと握った。驚いてそちらを見ると、彼は涼しい顔で正面を見つめている。けれど、その耳は真っ赤に染まっていた。


左からは、清馬様の熱く、少し汗ばんだ大きな手。右からは、清継様の少し冷たく、しかし骨張った指の長い手。両側から同時に手をつながれるという、前代未聞の状況。私は、もう頭が真っ白だった。車の窓に映る自分の顔が、まるで蒸気機関車のように真っ赤になっているのを、ただ見つめることしかできなかった。


教室では、双子がこれみよがしに私の周りを固め、休み時間になるたびに、


「琴葉、喉乾いてねえか?」


「琴葉さん、予習は進んでいるか?」


と、あからさまなアピール合戦が始まった。 その異常な光景に、クラスメイトたちの好奇の視線が集まり、あちこちからくすくすという笑いが漏れていることに、私は気づかないふりをしていた。


その光景を、楓が見逃すはずもなかった。


「あなたたち、一体何があったの?まるで、雛鳥を守るつがいのようだったわよ」


昼休みに中庭に連れ出され、ニヤニヤしながら問い詰められる。 私は、顔を真っ赤にしながら、事の経緯を正直に話した。


「…というわけで、その…お二人とお付き合い、することに……」


全てを聞いた楓は、最初は驚きに目を見開いていたが、やがてこらえきれないといったように、腹を抱えて笑い出した。


「最高ね、あなた! 前代未聞だわ!……本当に、あなたらしい決断ね。でも、波乱の予感しかしないけど、大丈夫なの?」


放課後。清馬様が、意を決したように私に言った。


「琴葉! 今度の日曜日、空いてるか!? 活動写真えいがでも見に行こうぜ!」


初めての、恋人としてのお誘い。


しかし、その会話を聞きつけた清継様が、静かに割って入る。


「待て、清馬。私とて、彼女と過ごす権利があるはずだ。その日は私が、彼女を観劇に誘う約束をしていた」


「えっ、そんな約束は…」


「今、した」


言い争いを始める双子の間で、私は頭を抱えた。


(どうしよう……!これが、三人で付き合うっていうことなの……!?)


そして、私は一つの妙案を思いついた。


「でしたら…三人で、参りましょう!」


「「はあ!?」」


私の提案に、双子は再び声を揃えて驚愕する。 しかし、困ったように、でも楽しそうに笑う私の顔を見て、二人は毒気を抜かれてしまったようだった。


「わかったよ。お前がそう言うなら」


「仕方ないな。君が、楽しんでくれるなら」


その帰り道。私たちは、甘味処に寄り、三人で一つのテーブルを囲んだ。 ぎこちないながらも、他愛のない話で笑い合う。 それは、恋人とも、友人とも、家族とも違う、新しい「私たち」という関係の、小さな、しかし確かな第一歩だった。


「日曜日、楽しみですね!」


屈託なく笑う私と、それを見つめながら、複雑な、しかし愛おしげな表情を浮かべる双子。 甘いあんみつの余韻の中、二人の視線が、見えない火花を散らして鋭く交錯したのを、私はまだ知らなかった。私たちの初めてのデートは、一体どうなってしまうのか。大きな波乱の予感を孕みつつ、物語は次へと続くのだった。

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