第35話「夕暮れの茶室」
影向との死闘を終え、屋敷へと戻る車内は、重い沈黙に包まれていた。
けれど、それはこれまでの気まずい沈黙とは違う。
誰もが疲労困憊で言葉を発せないだけで、その沈黙は、命がけの戦いを共に乗り越えた者たちだけが分かち合える、確かな安堵と、温かい絆の色を帯びていた。
屋敷に着くと、鷹司様と楓は、後処理と当主様への報告のために、それぞれの家へと帰っていった。玄関ホールに残されたのは、私と、双子の若様、三人だけ。
私たちは、誰に言うでもなく、自然と、屋敷の離れにある茶室へと向かっていた。
夕暮れの光が、廊下に私たちの影を長く、長く伸ばしている。
茶室には、静寂だけが満ちていた。亭主である清継様が、いつも通りの、しかしどこか儀式めいた静かな所作で、三つの茶碗を点て終える。
そして、彼は自らの席を、弟である清馬様の隣へと、静かに移した。
私の正面に、瓜二つの美しい若様が、二人、並んで座している。
ちりちりと釜の湯が沸く音だけが、三人の間に、張り詰めた弦のように響いていた。
差し出された茶碗を手に取り、私はそっと顔を上げた。
目の前にいる、二人の若様の顔。いつもと同じ、瓜二つの美しいお顔。
けれど、もう、私の知っている彼らではなかった。
命を懸けて、私を守ってくれた人たち。
私が、命を懸けて守りたかった人たち。
その想いは、もう隠しようもなく、彼らの瞳から溢れ出ていた。私に向けられる、二つの、あまりに熱い眼差し。
(顔は同じ。性格も、もう、どちらがどうだなんて言えないくらい、二人とも知ってしまった。
……選べるわけが、ない)
差し出されたお茶を、三人が飲み干す。
その静寂が、合図だった。
清継様が、そして清馬様が、同時に、同じ真剣な顔で、私を見つめて、同じ言葉を口にした。
『好きだ』
近衛家の双子、兄と弟。二人同時に。
夕暮れの茶室に、その言葉だけが、永遠のように響き渡った。
兄の清継様は、私があの日贈られた真珠の簪にそっと触れるように、静かな、しかし熱を帯びた声で告げる。
「君のいない世界は、もう考えられない。私の唯一の光である君を、これからは、私の傍らで、生涯を懸けて守りたい」
弟の清馬様は、あの夜の記憶の疼きを振り払うかのように、その視線を、一瞬だけ私の唇に落とした後、まっすぐに私の瞳を見つめて叫んだ。
「俺の隣がお前の居場所だ!もう、誰にも渡さねえ!お前の笑顔も、涙も、全部俺が独り占めにしてやる!」
……うん、どっちも刺さる。困る。いや、困らない。むしろ、至福すぎて罪悪感すら湧かない。
兄の静かな稲妻のような視線に、弟の嵐のような熱気が、肌をビリビリと撫でる。
この近衛家の力、庶民の私には眩しすぎるのに、なぜか心地いい。
(こんなにも真っ直ぐな、命がけの想いを、二つもいただけた。
たとえ『巫女』なんて大層な役目をいただいたとしても、私の根っこは、ただの女中なのに。
そんな私には、あまりに贅沢で、罰が当たりそうなほどの幸福……。
どちらか一つなんて、私には選べない。
いいや、違う。選んでは、いけないんだ。
この、二つで一つの、尊い想いを、私が分断するなんて、絶対にしてはいけない)
気づけば、私の口は、勝手に動いていた。
私が選んだ、たった一つの、誠実な答え。
「じゃあ──二人とも、付き合います」
沈黙が、茶室を包む。
兄の清継様は眉をひそめ、弟の清馬様は目を丸くして、拳を緩める。
二人は同時に視線を交わし、互いの顔に映る、
信じられないといった驚愕を確かめ合う。
「……えっ」
「……えっ」
その二つの声が重なる瞬間、物語の第一部は、
静かに幕を下ろした。
ここから始まる、本当の恋の物語の、ほんの序章に過ぎないのだと、まだ誰も知らなかった。




