第34話「五摂家の絆と、最後の雷鳴」
仮面の下から現れた、あまりに幼い少年の顔。
しかし、その表情は年不相応な邪悪な笑みに歪み、彼の体からは無数の黒い触手が蛇のように生え出し、洞窟の壁を抉りながら、みるみるうちに異形の怪物へと膨張していく。
もはや人の形を留めていない、怨念の塊。
それが、影向の術師の最終形態だった。
「遊びは終わりだ」
先陣を切った清馬様の『雷穿』も、続く清継様の『金剛針』も、怪物の黒曜石のような硬い外殻の前には、虚しく弾き返されてしまう。
楓の水の刃も、全く効果がない。
「くっ……!長くは持たんぞ!早く決めろ!」
洞窟の崩落を一人で支える鷹司様の、悲痛な声が響く。
再生を繰り返す怪物に、私たちの力は徐々に削られていく。絶望的な状況だった。
(違う…ただの怪物じゃない。あれは、巨大な『苦しみの塊』なんだ…!)
激しい攻防の中で、私は必死に「眼」を凝らし、怪物の本質を見抜こうとしていた。眼の奥が熱く疼き、怪物の体の中で、黒い水晶だけが禍々しく脈打っているのを、確かに捉えた。そして、見つけた。
怪物が傷を再生する、ほんの一瞬。
その胸の中心にある「黒い水晶」が、無防備に晒されるのを。
私は、叫んでいた。
「皆さん!聞いてください!あの怪物の心臓部にある水晶が、再生する一瞬だけ、無防備になります!そこを叩けば、きっと……!」
私の言葉に、三人の異能者の顔つきが変わる。
「一瞬でいいのね。私が、その隙を作ってみせるわ!」
「おう!兄上!」
「ああ!我々の全てを、この一撃に懸ける!」
「こっちだ、化け物!」
清馬様が、雄叫びと共に怪物の前に飛び出す。
命を削るかのような連続攻撃で、怪物の注意を完全に自分一人に引きつけた。
怪物が、その巨大な触手を清馬様に叩きつけようと、大きく振りかぶる。
「今よ! 『水鏡・乱反射』!」
楓の叫びに応え、洞窟全体が真っ白な光に染まった。
乱反射する光に、怪物の無数の眼が眩み、その動きが一瞬、完全に硬直する。
「捕らえた! 『雷の檻』!」
その隙を、清継様は見逃さない。
無数の雷の糸が、怪物の動きを寸分の狂いもなく縫い留めた。
「琴葉さん!」
清継様の叫び。仲間たちが命がけで作り出してくれた、たった一度の、最後の好機。
私は、胸元で熱く脈打つ簪に込められた想いを、仲間たちの絆を、その力の全てに変えた。
「お願い……!もう、苦しまないで!」
私の体から放たれた『破魔の光』は、もはやただの光ではない。
苦しむ全ての魂を救済しようとする、慈愛に満ちた祈りの奔流だった。
光に貫かれた黒い水晶が、甲高い悲鳴を上げて砕け散る。
水晶の破片から、解放された魂たちのものだろうか、「ありがとう」というような、優しい囁きが洞窟に響き渡った気がした。
怪物は浄化の光に包まれ、その体を構成していた邪気は霧散し、汚染されていた巨大な霊石だけが、元の清らかな輝きを取り戻して、静かにそこに鎮座していた。
洞窟の揺れは、完全に収まっていた。
戦いが終わったことを知り、鷹司様もついに力を解く。
消耗しきった私たちは、互いの体を支え合いながら、その場に崩れ落ちた。
誰もが傷つき、疲れ果てていたが、その表情には、確かな安堵と、勝利の喜びが浮かんでいた。
今朝の食卓を支配していた針のような沈黙が、
この命がけの戦いの果てにある、温かな安堵に変わった瞬間を、私たちは噛みしめていた。
私は、左右から体を支えてくれる双子を見上げる。
清馬様は、照れくさそうに、しかし、これまでにないほど熱い視線で。
清継様は、穏やかに、しかし、海の底のように深い愛情を込めた眼差しで。
命がけの戦いを乗り越え、彼らの想いは、もう抑えきれないところまで来ていた。
清継様と清馬様が、無言で、しかし、同じ決意を宿した瞳で、お互いを見つめ合う。あの日の、弓道場で交わした、男の約束。清継様が、静かに頷く。
時は、満ちたのだと。
彼は、私に向き直ると、静かに告げた。
「白石さん。……話がある」
物語は、ついに、あの始まりの場所へと回帰する。




