第33話「帝都の心臓と、甦りし光」
影向の術師が指定した、決戦の日。
屋敷の玄関には、私と双子、楓、そして後方支援を務めてくださる鷹司様の五人が揃っていた。
もう、誰も迷ってはいない。
その瞳には、大切なものを守り抜くという、鋼の決意が宿っていた。
車に乗り込む直前、清馬様が兄である清継様に向き直る。
「兄上、俺はもう間違わねえ」
清継様も、静かに頷いた。
「ああ、信じている。二人で、必ず琴葉さんを守り、そして帰るぞ」
その言葉に、私は胸が熱くなるのを感じた。
決戦の地は、帝都の霊脈が集中する「心臓部」。
それは、一般には知られていない、帝都の地下深くに存在する巨大な洞窟だった。
そこには、古代から帝都の繁栄を支えてきたという、巨大な霊石が静かに鎮座していた。
しかし、私たちが辿り着いた時、その神聖な場所は、禍々しい気配に満ちていた。
影向の術師が、霊石の上にあの「黒い水晶」を置き、これまでに奪った生徒たちの記憶と生命力を注ぎ込むことで、霊石そのものを黒く汚染しようとしていたのだ。
儀式は、既に始まっていた。
「もはや手遅れだ!」
術師が高らかに笑う。
「この帝都の心臓を、我ら影向の怨念で満たし、この地を新たな『影』の世界とする!」
「させるものですか!」
私の前に、三人の守護者が立ちはだかる。
「楓!」
「ええ! 水天方陣!」
楓の瞳が瑠璃色に輝き、清らかな水の結界陣が、
霊石から溢れ出す邪悪な気の拡散を防ぐ。
「清馬、行くぞ!」
「おう、兄上!」
清継様の天網が術師の足止めをし、その隙を、清馬様の雷穿が寸分の狂いもなく貫く。それは、これまでのどの時よりも洗練された、兄弟の完璧な連携攻撃だった。
しかし、術師は二人の攻撃を、余裕の笑みで弾き返した。
「遊びは終わりだ」
彼が懐から新たな札を取り出すと、汚染された霊石が不気味に脈動し、洞窟全体に強力な精神攻撃を放つ。それは、人の心の最も弱い部分を抉る、絶望の波動だった。
「皆、伏せろ!」
鷹司様が叫び、咄嗟に土の壁を出現させる。
土壁は波動の勢いを僅かに削ぎ、私たちにほんの数秒の猶予を与えてくれたが、
それでも防ぎきることはできず、私たちに襲いかかる。
「ぐっ……!」
清馬様の脳裏に、兄を傷つけ、琴葉を泣かせてしまったあの日の無力な自分が蘇り、体が硬直する。
楓も、清継様も、それぞれの心の闇を見せつけられ、膝をついた。
(駄目……今の私では、皆を守れない……!)
力の枯渇した自分に何もできないことに、私は再び唇を噛み締めた。
絶望しかけた、その時だった。
私の胸元で、清継様から贈られた真珠の簪が、
心臓の鼓動と共鳴するように、熱く、熱く脈打った。その熱が全身を震わせ、消えたはずの光の残り火が、まるで血管を駆け巡るかのように、内側から体を燃え上がらせる。
(違う。私は、一人じゃない……!)
簪に込められた清継様の想い。
弓道場で誓ってくれた清馬様の想い。
いつもそばにいてくれた楓の想い。
仲間たちの絆が、私の心に最後の火を灯す。
「もう、失わない!」
私の魂の叫びに呼応し、枯渇したはずの生命力の源泉が、内側からこじ開けられた。
私の瞳が、これまでのどの時よりも強く、まばゆい真珠色に輝く。
その体から溢れ出した『破魔の光』は、洞窟全体を覆っていた絶望の波動を、一瞬で浄化していく。
光を浴びた三人は、悪夢から解放され、ハッと目を開けた。
彼らが見たのは、神々しいほどの光を放ちながら、凛として立つ私の姿だった。
「馬鹿な……!?」
術師が、驚愕と憎悪に満ちた顔で私を睨みつける。
「枯渇したはずの力が、これほどまでに……!
だが、それこそ好都合!
その光ごと喰らい、我が主の降臨のための、最高の糧としてくれるわ!」
彼は、自らがつけていた仮面に、ゆっくりと手をかけた。
「見せてやろう。影向の、真の力を」
仮面が外され、その下から、誰もが予想だにしなかった、あまりに幼い少年の顔が覗いた。
しかし、その表情は年不相応な邪悪な笑みに歪み、彼の体からは無数の黒い触手が蛇のように生え出し、洞窟の壁を抉りながら、みるみるうちに異形の怪物へと膨張していく。
「皆、術師に集中しろ!」
術師の変貌に呼応し、洞窟全体が激しく揺れ、天井から巨大な岩が降り注ぐ。
「ここは私が支える!」
鷹司様が叫び、能力『巌戸』を発動。
地面から巨大な岩の柱を隆起させ、崩れ落ちる天井を支える。
影向との本当の最終決戦が、今、始まろうとしていた。




