表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/105

第32話「唇の記憶と、兄弟の誓い」

翌朝の食卓には、私と双子の三人が向かい合って座っていた。

当主様の計らいで、私も若様たちと同じ食卓に着くことになったのだ。

けれど、その居心地の悪さに、私は味もわからないまま、ただ俯いていた。

食器の音だけが、やけに大きく響く。


私は、清継様から贈られた真珠の簪を挿していた。その簪が、清馬様の心を苛んでいた。


食事が終わった後、清継様が私に穏やかに微笑む。


「白石さん、そのかんざし、やはり君によく似合う」


その一言が、引き金だった。

清馬様は、無言で席を立つと、


「兄上、少し、お話があります。道場へ」


と、低い声で言い放った。



人気のない弓道場。

二人の間には、張り詰めた空気が流れていた。

先に口を開いたのは、清馬様だった。


「兄上は、いつもそうだ。幼い頃から、俺の一番欲しいものを、あんたはいとも容易く手に入れてしまう!」


彼の声は、長年溜め込んできた嫉妬と劣等感で震えている。


「それは違う、清馬。私が彼女に惹かれたのは、お前とは何の関係もない。私の心の問題だ」


兄の静かな反論に、清馬様は逆上し、その胸ぐらを掴んだ。


「じゃあ、教えてくれよ! あの夜、俺が倒れた後、琴葉と俺の間で、一体何があったんだ!

何か、大事なことを忘れてる気がして、頭がおかしくなりそうだ!」


清継様は、弟の腕を静かに振り払うと、意を決して真実を告げた。


「…彼女は、清馬を救うために、自らの命をお前に分け与えた。口移しで、な」


その言葉が引き金となり、清馬様の脳裏に、あの夜の光景が鮮烈にフラッシュバックした。

真珠色の光。魂に流れ込む、温かい生命の奔流。

そして、唇に触れた、信じられないほど柔らかな感触。

幻のようなその温もりに、彼の体が激しく震え、それまで握りしめていた木刀が、カラン、と乾いた音を立てて床に落ちた。


「…あ…ああ……!」


自分が、どれほどの犠牲の上に救われたのか。

その真実の重みに耐えきれず、彼はその場に膝から崩れ落ちた。


清継様は、そんな弟の前に静かに膝をつく。


「わかるか、清馬。我々が今こうしていられるのは、全て彼女のおかげだ。我々がすべきことは、

こんな風に醜く争うことではない。二人で、彼女を守り抜くことだ」


嗚咽を漏らしながら、清馬様は兄を見上げた。


「…俺は、あいつに、償わなきゃならない……」


その、絞り出すような声に、清継様は弟の肩を強く、強く抱いた。


「ああ。だから、もう迷うな。我々は、兄弟だ」



その、あまりに切なく、そして美しい兄弟の和解の光景を。


物陰から、一人の少女が、涙を堪えながらじっと見つめていた。

心配で、こっそりと後をつけてきてしまった、私だった。

朝の食卓で感じた針のような居心地の悪さが、今、この光景を目の当たりにできたことへの感謝の涙に変わっていく。自分のために傷つき、争い、そして和解してくれた二人。彼らの想いの重さに、私の胸は張り裂けそうだった。


(私……どうしたら…)


私は、二人に気づかれぬよう、そっとその場を離れた。


私が去った後、双子は静かに立ち上がる。

清継様が、まっすぐに弟の目を見て言った。


「この一件が、全て終わったら、正々堂々、二人で想いを伝えよう。そして、彼女がどちらを選んでも、恨みっこなしだ」


その言葉を口にする彼の瞳に、ほんの一瞬、弟には見えない角度で、深い悲しみの影がよぎったのを、誰も知らなかった。


清馬様もまた、涙のあとが残る顔で、力強く頷いた。


「ああ、望むところだ、兄上」


二人の拳が、固く、ぶつかり合った。

闇の残り香が、まだかすかに、その拳の間に漂っている中で……。


影向との戦いを前に、兄弟の絆は、かつてないほど強く結ばれた。

しかしそれは同時に、私を巡る、もう逃れることのできない恋の戦いの、本当の始まりを告げる合図でもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ