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第31話「金色の鳥籠と、兄の贈り物」

儀式の後、数日が過ぎた。体調はすっかり回復したものの、私は「近衛家が庇護する宝」として、一切の仕事を禁じられていた。

いつもの癖で早起きし、せめて掃除でも、と箒を手に取れば、出くわした女中頭に止められてしまう。「琴葉様」とその声は丁重だったが、その瞳の奥に浮かぶ同情の色が、私の胸をナイフのように抉った。

私は、もはや彼女たちと汗を流す仲間ではないのだと。

厨房から漂ってくる出汁の香りを遠くに感じながら、あの温かい場所に自分の居場所はもうないのだと痛感する。箒を握りたくて、雑巾を絞りたくて、たまらなかった。


午後、一人で古い神社を訪れ、巫女の修行を試みる。

しかし、命を削った代償は大きく、自分の内なる光を感じることすらできない。


(このままでは、私は本当に、ただ守られるだけの『宝』になってしまう……!)


焦りだけが、私の心を蝕んでいく。


そんな私の様子を、清継様は静かに、そして痛ましげに見ていたようだった。

夕暮れ時、彼は書斎で一人落ち込んでいる私に、声をかけてくれた。


「白石さん。少し、頼みたいことがあるのだが」


彼が頼んだのは、「影向」や「巫女」に関する膨大な古文書の整理だった。

特に、異能を持つ者にしか感じられない、微弱な気の流れが残る文献を仕分ける作業だという。


(この、微かな気の流れ……)


古文書から伝わるそれに触れる。

震える指でそっとページをめくると、あの神木を癒した時の、光の残り火を思い出した。その記憶にすがるように、私は目を細めた。


(私の力は、まだ完全に消えたわけじゃないのかもしれない)


「この作業は、君のように繊細な気の流れを感じ取れる者にしかできない、重要な仕事だ。力を失ったからといって、君の価値が損なわれたわけではない」


彼の言葉に、私の心は救われた。


(私にも、まだできることがあるんだ……!)


その夜、書斎はランプの灯りの下、二人きりだった。

古文書を広げ、顔を寄せ合いながら、清継様が難解な古い文字を解説してくれる。

彼の落ち着いた声が、すぐ耳元で聞こえ、私の心臓は静かに高鳴った。


同じページをめくろうとして、二人の指先が、ふと触れ合った。私がビクリとして手を引っ込めると、清継様は気づかないふりをして、静かにページをめくる。しかし、ランプの光に照らされた彼の耳が、ほんの少しだけ赤く染まっているのを、私は見逃さなかった。


作業が一段落した時、清継様が机の引き出しから、小さな桐の箱を取り出した。


「今日の礼だ。君によく似合うと思ってな」


箱の中には、私の瞳の色と同じ、真珠をあしらった、美しい銀のかんざしが入っていた。


「こ、こんな高価なもの、いただけません!」


恐縮する私に、清継様は静かに私の後ろに立つと、ポニーテールから普段使いのかんざしをそっと抜き、新しい真珠のかんざしを挿してくれた。その時、彼の指先が、私の首筋をほんの僅かに、確かめるように撫でた。

息を、呑んだ。首筋に走った熱が、じわりと頰まで広がり、呼吸が浅くなるのを感じた。


「……よく似合う。だが、これは礼ではない。

宝には、それにふさわしい飾りがいる。

私が、君のあるじだと示すための、印だ」


その言葉は、私を「自分のもの」として扱う、

甘くも危険な響きを持っていた。

私は、戸惑いながらも、その抗いがたい優しさに顔を真っ赤にするしかなかった。


その、あまりに親密な光景を、書斎の扉の隙間から、一人の男が見ていた。清馬様だった。


(まただ……。幼い頃から、いつもそうだ。兄上は、俺の一番欲しいものを、いとも容易たやすく手に入れてしまう)


幼き日の兄が、宝物のおもちゃを独占していた記憶が、琴葉の優しい笑顔に重なる。兄への嫉妬、自分だけが何も知らない焦燥、そして琴葉が遠くへ行ってしまうような喪失感。

廊下の影で、清馬様は苦々しい表情で、強く、強く拳を握りしめた。

彼の知らないところで、兄と琴葉の絆は、静かに、そして着実に深まっていた。

兄弟の間に生まれた溝は、さらに深く、そして修復しがたいものになろうとしていた。

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