第29話「儀式の夜、繋がれる魂と離れる魂」
儀式当日の朝。
食卓には、私と双子、そして昨夜から泊まり込みで準備を手伝ってくださっている
鷹司様と楓が揃っていた。けれど、会話はほとんどなく、誰もが今夜のことだけを考え、重い空気が流れていた。
楓が、祈るような目で鷹司様に問いかける。
「鷹司様。あなたの守護の力で、儀式中の魂の歪みを、少しでも抑えることはできませんの?」
「……できる限りのことはしよう。だが、魂そのものに干渉する術は、私の専門外だ。正直、気休めにしかならんかもしれん」
鷹司様の重い言葉に、私たちは再び沈黙するしかなかった。
清継様は、いつもと変わらぬ冷静さで食事を進めている。
しかし、私の「眼」には、彼の生命力の光が、
まるで覚悟を決めた炎のように、静かに、しかし激しく燃えているのが見えていた。
清馬様は、ほとんど食事に手をつけていない。
その表情には、昨夜までの弱さはなく、自らの罪を償い、兄を死なせはしないという、悲壮な決意が浮かんでいた。
朝食後、清継様と鷹司様は儀式の最終準備のために、屋敷の奥にある古い神社へと向かった。楓は、私の精神的な支えとして、そばに残ってくれた。
儀式の時刻が近づき、私が一人、神木に祈りを捧げていると、背後から清馬様の声がした。
彼は私の前に立つと、まっすぐにその瞳を見つめてきた。
「琴葉。昨日は、悪かった。……俺、もう迷わねえ。兄上を、そしてお前を、絶対に守る。だから、見ててくれ」
それは、彼の罪滅ぼしであり、未来への誓いだった。彼は、私の手を、一度だけ強く、強く握りしめた。
その後、儀式の準備が整った神社で、私は清継様と二人きりになった。
「君には、私と清馬の魂を繋ぐ『糸』であり、そして、我々が闇に飲まれぬよう繋ぎ止める『錨』になってもらう」
彼の静かな言葉に、私は不安を隠せない。
「ですが、清継様……。私の力は…その、先日、清馬様を救ったあの時に、全てを使い果たしてしまいました。今の私に、そんな大役が務まるでしょうか…」
私の言葉に、彼は静かに首を振った。
「力は必要ない。今回の儀式で君に求めるのは、命を燃やす強大な光ではない。
我々二人の魂が道に迷わぬよう、その魂の在り処を照らし続ける、道標としての『質』だ。君の魂が持つ、その清らかな性質そのものが、我々を繋ぐ『糸』となる。……だから、ただ、そこにいて、我々の名を呼び続けてくれさえすればいい」
彼の絶対的な信頼に、私の心は震えた。
清継様は、そっと私の髪に触れながら、囁いた。
「…私の唯一の恐怖は、君のいるこの世界を、失うことだけだ」
彼の、兄として、そして一人の男としての悲痛な告白。私の目から、一筋の涙が零れ落ちた。
けれど、私はその涙をぐっと堪え、彼の手を、
今度は私から強く握り返した。
「……承知、いたしました」
そして、私は、まっすぐに彼の瞳を見つめ返して、誓うように言った。
「ならば、私は、お二人の魂を繋ぐ『糸』となり、『錨』となります。
必ず……必ず、お二人を、私のいるこの世界に連れ戻してみせます」
夜。神社の境内は、清浄な結界で覆われ、無数の灯明が幻想的に揺らめいていた。
中央には、白い儀式用の装束を纏った清継様と清馬様が、向かい合って座している。私もまた、少し離れた場所で座し、静かに祈りの体勢に入った。
清継様が、古文書に記された祝詞を唱え始める。
彼の瞳が金色に輝き、その手から放たれた光の糸が、清馬様の体に繋がれていく。
それに対し、清馬様の体からは、緑色の風の気が抵抗するように溢れ出し、二つの力が激しくぶつかり合った。
(大丈夫。私が、お二人を繋ぐ……!)
私の瞳が真珠色に輝き、体から放たれた優しい光が、荒れ狂う二つの魂を繋ぐ、一本の清らかな「糸」となって伸びていく。儀式は、順調に進んでいるかのように見えた。
清継様の魂が、清馬様の魂に絡みついた風の呪詛を、少しずつ自分の中へと吸い出し始めた、まさにその瞬間だった。
『見つけたぞ、近衛の小僧。風と雷、二つの力を宿す、最高の器よ。その魂、我らが貰い受ける!』
儀式によって無防備になった清馬様の魂に、影向の術師の声が、直接響き渡ったのだ。清馬様の体から溢れ出す緑の風が、これまでとは比較にならないほど荒れ狂い、黒い邪気を帯び始める。
「ぐあああああああっ!」
清馬様の、魂からの絶叫が、夜の神社に響き渡った。彼の体が魚のように跳ねて痙攣し、その爪が畳を掻きむしる。
彼の瞳が、金色でも緑色でもない、禍々しい赤黒い光に染まっていく。
清継様と繋がれた魂の糸が、悲鳴を上げて焼き切れようとしていた。
儀式は、乗っ取られた。
清馬様の魂が、今まさに、影向の術師に奪われようとしていた。




