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第28話「決行前夜、兄の覚悟と弟の涙」

「儀式は……明日の夜、決行する」


清継様の、絶望的な決意。彼はそれだけを告げると、鷹司たかつかさ様と共に儀式の準備のため、書庫の奥へと姿を消した。残された私と楓は、その決定の重さに、ただ言葉を失うしかなかった。


「無茶よ…どうにかして止めないと…」


楓が、唇を噛み締める。けれど、私は首を横に振った。


「いいえ、楓。清継様は、もう止まらない。だったら、私たちがすべきことは一つです。清馬様を、連れ戻しましょう」


私の瞳に宿る光を見て、楓は覚悟を決めたように、強く頷いてくれた。


「わかったわ。一条家の情報網を使えば、彼が帝都のどこにいるか、おおよその見当はつくはずよ」


ふと、自分の過去を思い出したのか、楓の瞳が僅かに曇る。

彼女は、机に広げられた帝都の地図を指で強く叩いた。まるでまとわりつく家族の影を振り払うかのように、その仕草は力強かった


その頃、書斎では清継様が、儀式に必要な祝詞のりとや陣を描いていた。

鷹司様が、広げられた巻物の一点を指し示す。


『魂の共鳴は、時に術者の光さえも蝕む』


「清継君、この一文を忘れてはいないか。琴葉さんの光が、君たちの魂の奔流に巻き込まれ、損なわれる危険性もあるのだぞ」


「…覚悟の上です」


彼の静かな声には、鋼のような意志が宿っていた。



楓の情報網は、驚くほど正確だった。

清馬様は、幼い頃に双子がよく遊んでいたという、帝都の郊外にある廃れた道場にいた。


私が一人で道場を訪れると、彼は一心不乱に木刀を振っていた。

その体からは、制御しきれない緑色の風の気が漏れ出し、彼の心の乱れを映し出しているようだった。


私の姿を認めると、彼はぴたりと動きを止め、冷たく背を向ける。


「……何しに来たんだよ」


「清馬様……お願いです、帰ってきてください!皆、心配しています!清継様も……!」


私の必死の訴えに、しかし、彼の力は拒絶するように暴走した。

二条奏の「兄君の影に怯えるな」という甘い囁きが、脳裏をよぎる。

彼はそれを振り払うように、拳を強く震わせた。


「兄上の話なんかするな!」


緑色の風が、彼の周りで荒れ狂う。


「どうせ俺は、兄上みたいにうまくやれねえよ!お前を守ることすらできなかった!力が……!俺には、力が足りねえから、こうなるんだ……!」


彼の心の傷は、私が思うより、ずっと深かった。


けれど、私は引かなかった。暴走する彼の力の前に、一歩、踏み出した。


「違う!」


私の、魂からの叫びだった。


「あなたは、私を、私たちを守ってくれたじゃないですか!結界を壊して、私と清継様と楓を助けてくれたのは、清馬様、あなたです!そのせいで、あなたの体は今、二条様の力に蝕まれている!

そして……そして、清継様は、そんなあなたを助けるために、ご自分の命を懸けようとしているんです!」


「……は?」


「『魂結び《たまむすび》』という禁術を使って、あなたの魂に絡みついた呪詛を、ご自身の体に移そうと……。その儀式が、明日の夜、行われます」


「兄上が……命を……?」


初めて聞かされる真実に、清馬様は呆然とする。

自分がしでかしたことの重大さと、兄の自己犠牲的な愛情。その全てが、彼の心を打ち砕いた。


彼はその場に崩れ落ち、子供のように、声を上げて泣きじゃくった。


「俺の、せいで……。兄上が……うわあああああっ!」


私は、泣きじゃくる彼の前にそっと膝をつくと、優しく、その大きな背中を撫でた。


「……まだ、間に合います。一緒に、帰りましょう。清継様の元へ」



屋敷に戻ると、清継様は儀式の準備を終え、一人静かに座していた。

その前に立った清馬様は、深々と、深く、頭を下げた。


「兄上……悪かった……!」


清継様は何も言わず、ただ静かに立ち上がると、弟の肩にそっと手を置いた。

言葉はなくても、二人の心は、確かに再び繋がっていた。


その夜。自室に戻った私は、明日の儀式が成功することを、そして何より、お二人が無事に戻ってくることを、夜が明けるまで一心不乱に祈り続けた。


深夜、儀式の前に身を清めるためだろうか、清継様は一人、庭の神木の前に立っていた。彼は、僅かに色を取り戻した神木にそっと触れる。

その葉が風に擦れる音に、昼間の甘味処で見た、あの子の屈託のない笑顔を重ねるように、彼はそっと目を細めた。


そして、誰に言うでもなく、静かに呟いた。


「……もし、神がいるのなら。どうか、あの子の笑顔を、未来を、奪わないでくれ……」


それは、近衛家の跡取りとしてではなく、ただ一人の男としての、悲痛な祈りだった。

運命の夜が、刻一刻と近づいていた。

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