第27話「魂結びの儀と、譲れない想い」
翌日。
鷹司邸の一室には、重い空気が満ちていた。
清継様、楓、鷹司正臣様、そして私。
本来そこにいるはずの、清馬様の不在が、私たちの心を暗く覆っていた。
「清継君、君から聞いた計画だが……本当に、正気かね?」
沈黙を破ったのは、鷹司様の厳しい声だった。
「それは、我ら五摂家が数百年前に禁じた、
あまりに危険な術だ。たとえ私の守護の力を使ったとしても、一度歪んでしまった魂を、完全に修復することはできぬぞ」
「禁断の、術……?」
その言葉に、私の胸は嫌な予感でざわついた。
清継様の瞳に宿る、あの冷徹な光の理由が、ここにあるのだと直感した。
清継様は、テーブルの上に古い巻物を広げ、その計画の全貌を語り始めた。
「計画の名は『魂結び』。術者の魂を、対象者の魂に直接結びつける、禁断の秘術です」
彼の声は、どこまでも冷静だった。
「二条先輩が清馬に与えた力は、彼の魂に直接絡みついている。外からの攻撃では、清馬自身の魂を傷つけずに風の呪詛だけを祓うことは不可能でしょう」
「だが、『魂結び』によって魂を繋げば、私は自らの魂を『濾過装置』とし、清馬の魂から、風の呪詛だけを自分の体へと吸い出すことができる」
「その代償はあまりに大きい!」
鷹司様が、苦々しく付け加える。
「術が成功しても、君の魂は呪詛に汚染され、永続的な傷を負うことになる。最悪の場合、二人の魂が共鳴し、共に砕け散る危険すらあるのだぞ!」
「正気じゃないわ!」
血の気の引いた顔で、楓が立ち上がった。
「そんなの、ただの自殺行為よ!清馬が助かっても、あなたが倒れたら何の意味もないじゃない!」
しかし、楓の激昂にも、清継様は揺るがない。
彼は、まっすぐに私を見つめた。
「この術を成功させるには、二人の魂を繋ぐ、清らかな『糸』が必要になる。……琴葉さん。
君の『破魔の光』に、その役目を担ってもらいたい」
「嫌です」
私の、震える声が、部屋に響いた。
その場にいた全員が、私の予想外の拒絶に息を呑む。
「嫌です!清継様が、そんな風に自分を犠牲にするなんて、私は絶対に認めません!清馬様を助けるために、清継様が傷つくなんて、そんなの……私が一番、嫌なんです!」
涙が、次から次へと溢れ出して止まらない。
それは、私の魂からの叫びだった。
私の訴えに、清継様の冷静な仮面が、初めて僅かに揺らいだ。
彼はそっと立ち上がると、私の手を強く、強く握りしめた。
「…すまない。だが、これしか方法がないんだ」
そして、彼は、私にしか聞こえないような、か細い声で囁いた。
「私は……君を悲しませるために、こんな道を選んだわけじゃない。君のいるこの世界で、弟を失いたくない。ただ、それだけなんだ」
彼の、兄として、そして一人の男としての悲痛な覚悟を前に、私はもう何も言えなかった。
その時だった。部屋の外から、不気味な羽音が微かに聞こえ、窓を、コン、と何かが叩く音がした。一羽の黒い鴉が、その不気味な瞳で、私たちを見つめている。
影向の術師が放った式神だった。
鴉の足に結び付けられた一枚の札には、禍々しい筆跡で、こう書かれていた。
『三日後の満月の夜、帝都の霊脈の中心にて、我らの悲願は成就する。近衛の風の小僧は、その儀式の贄となろう』
敵の計画と、タイムリミット。
残された時間は、わずか三日。
絶望が、再び部屋を支配する。
しかし、清継様は、その札を音もなく握りつぶした。その手は微かに震えていたが、彼の瞳には、全てを懸ける覚悟の光が、静かに、しかし強く宿っていた。
「計画を変更する。儀式は…明日の夜、決行する」
彼の絶望的な決意。残されたわずかな時間。
そして、まだ戻らない清馬様。
影向との最終決戦に向け、物語は新たな、そして危うい局面を迎えようとしていた。




