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第25話「目覚めの代償と、金色の鳥籠」

ゆっくりと意識が浮上する。

自分の部屋の、見慣れた天井。

けれど、前回目覚めた時のような、鉛を引きずるような体の重さはなかった。

ただ、自分の力の源泉である生命力が、井戸の底のように空っぽになっているのを、本能的に感じ取る。


「……琴葉?」


傍らで付き添ってくれていたらしい楓が、私の目覚めに気づき、心から安堵した表情を浮かべた。


「よかった…。今度は丸二日、眠っていたのよ」


その言葉と、彼女の顔に浮かんだ隈に、私は胸がいっぱいになる。


「楓……ありがとう……。また、ご迷惑を、おかけしてしまいましたね……」


涙で声が震える私に、楓は優しく微笑んでくれた。ふと、自分の過去を思い出したのか、楓の瞳が僅かに曇る。


「馬鹿なことを言わないで。友人が友人のそばにいるのは、当たり前のことでしょう?それに……私も、孤独の辛さはよく知っているから。あなたを一人にはしておけないのよ」


私が清馬様にしたこと――あの、命を懸けた口づけのことを、夢うつつにおぼろげに覚えている。「私、清馬様に……」真実を尋ねようとすると、楓は何かを察したように、優しく、しかし有無を言わせぬ態度で私の言葉を遮った。


「あなたは、力を使い果たして倒れた。それだけよ。今は、ゆっくり休むことだけを考えなさい」


「よぉ、琴葉。お前のおかげで助かったって、兄上から聞いたぜ。……悪かったな、心配かけて」


その日の午後、部屋を訪ねてきてくれた清馬様の顔色はすっかり良く、怪我の痕跡もどこにもなかった。彼は、自分が禁断の力を使ったことも、私が命がけで自分を救ったことも、覚えていない。


ただ、私の顔をまっすぐに見れず、どこか気まずそうにしていた。理由のわからない切なさが、彼の心を戸惑わせているようだった。


入れ替わるように、清継様も部屋を訪れた。

彼の瞳には、以前の穏やかさだけでなく、何かを隠すような、硬い意志の色が浮かんでいる。


「父上からのご命令だ。君は今後、我々の許可なく、癒しの力を一切使用することを禁ずる。

特に、自らの命を削るような行為は、断じて許されない」


それは、私を守るための言葉。けれど、その響きは、冷たい「鎖」のように私の心に絡みついた。


双子が去った後、私は楓に真実を問いただした。


「楓、本当のことを教えてください。私は、清馬様に何をしたんですか?」


楓はしばらくためらった後、私の手を固く握り、静かに全てを話してくれた。


「あなたは……清馬を救うために、自分の命を、彼に口移しで分け与えたのよ」


真実を知り、私の顔は灼けるように熱くなった。

自分が、とんでもないことをしてしまったのだと。


楓は、心配そうに続ける。


「そして、清継はそれを全て知っている。

彼は、あなたが再び同じことをするのを恐れているのよ。……気をつけて、琴葉。彼のあなたを守りたいという想いは本物よ。でも、その想いが強すぎると、それはあなたを閉じ込める鳥籠ケージになりかねないわ」


楓の言葉は、すぐに現実のものとなった。

体調が回復し、せめて厨房の手伝いをしようと部屋を出ると、女中頭が丁重に、しかしきっぱりと私の前に立ちはだかった。


「琴葉様。旦那様と若様からの厳命です。

あなたは、指一本、仕事をしてはなりませぬ。

ただ、お健やかにお過ごしいただくこと。

それが、あなたの唯一の『お勤め』です」


金色の鳥籠。

私は、自分が本当にただの「客人」になってしまったことを痛感し、その場に呆然と立ち尽くすしかなかった。指先が冷たく震え、女中としての務めの象徴である、エプロンの裾をぎゅっと握りしめた。


その寂しげな背中を、遠くから清馬様が見ていた。彼女がなぜそんなに悲しい顔をしているのか理解できず、ただ胸を痛める。


(なんだ……?なんで、こいつの唇から目が離せねえんだ……?ぼんやりと、何か温かい感触が、自分の唇に蘇るような……いや、気のせいか)


けれど、彼は自分の考えを振り払うように首を振りながらも、無意識に、そっと自分の唇に指を当てていた。


さらにその遠くから、清継様が二人を見ていた。琴葉の悲しげな表情に、彼の胸も痛む。

しかし、彼は自らの選択が正しいと信じている。


(今は、これでいい。君が傷つくくらいなら、

私が悪者になろう)


彼は、強く拳を握りしめ、その指の関節が白くなる。そして、静かに電話の受話器を取った。

相手は、鷹司正臣たかつかさまさおみ様だ。


「鷹司殿、私だ。先日お話しした『影向』一族の件、そしてもう一つ……帝都に潜む、厄介な『風』の使い手、二条家の奏について、至急ご相談したいことがある。あの男の風が、清馬の魂を完全に蝕む前に、封じる方法を」


受話器の向こうで、息を呑む気配がする。

そして、鷹司たかつかさ様の、これまでになく低い声が響いた。


『……清継君、それは。禁断の術だぞ』

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