第23話「分かたれた絆と、巫女の祈り」
「お前の光か、我らの影か。どちらがこの地を支配するに値するか、教えてもらうぞ」
影向の術師が冷たく言い放つと、境内を覆う結界が不気味に脈動した。
術師が次々と札を操ると、目に見えない悪意が私たちに襲いかかる。
それは物理的な攻撃ではなく、人の記憶や感情に直接作用する、陰湿な精神攻撃だった。
「くっ……!」
清継様の脳裏に「跡取りとしての重圧」が、
楓の心に「家柄ゆえの孤独」が、悪夢の幻覚となって流れ込む。二人は苦悶に顔を歪め、その動きは明らかに鈍っていた。
私には、その幻覚は見えない。
けれど、私の「眼」にははっきりと見えていた。
二人の生命力が、まるで病に侵された時のように、急速に揺らぎ、薄くなっていくのが。
(このままでは、お二人の心が壊されてしまう……!)
一方、結界の外では、清馬様が内部の様子が全く見えない結界の壁を、何度も何度も殴りつけていた。
「くそっ! 開けろ! 開けろよぉっ!」
しかし、奏から与えられた風の力も、近衛の血に宿る雷の力も、この強固な結界には傷一つつけられない。
「お前の光など、所詮はその程度か」
膝をついた二人を見下ろし、術師が嘲笑う。
(私にできることは? 癒しの力は、傷ついた後でなければ使えない。呪詛を解く力も、まだ未熟…。でも!)
私は、攻撃でも防御でもない、第三の道を選んだ。
目を閉じ、両手を胸の前で固く組む。
ただひたすらに、祈った。
(どうか、お二人の心を護ってください…!)
その瞬間、私の瞳が、これまでのどの時よりも深く、濃い真珠色に輝いた。
それに応えるかのように、私の体から、これまでで最も純粋で、温かい光が溢れ出し、結界内部を満たしていく。
その光は、術師の邪悪な呪詛を直接打ち消すことはできない。
けれど、苦しむ清継様と楓の心を優しく包み込み、悪夢の淵から彼らの意識を呼び戻していく。闇に閉ざされた二人の心に、私の光が、一筋の道しるべのように差し込んだのだ。
「…この光は…琴葉!」
光に導かれ、楓がはっと顔を上げた。
彼女は、自らが見せられていた「孤独」の幻覚を、私の光と共に振り払うと、凛として術師を睨みつけた。
「私の孤独は、もうあなたが終わらせてくれたわ、琴葉!」
そう叫ぶと、彼女は水鏡を精神攻撃の軌道に向ける。
鏡面は、彼女に見せられた幻覚を、私の光で増幅して術師自身に跳ね返し、術師は初めて「ぐっ…!」と苦悶の声を上げた。
「琴葉の光を道しるべにするわ!」
楓が叫び、水鏡で術師の精神攻撃の軌道を可視化する。
「そこか!」
光に導かれ意識を取り戻した清継様が、楓が示した軌道の根源である術師の札を、金剛針で正確に撃ち抜いていく。三人の完璧な連携に、術師は初めて焦りの色を見せた。
「どうすればいいんだ……!」
結界の外で、清馬様が叫ぶ。
「簡単だよ」
と、奏様が甘く囁く。
「そのお守りに、君の雷を注ぎ込むんだ。ただし、君自身の生命力も少し、喰われるかもしれないけどね」
清馬がお守りを握りしめたその手が、まるで陽炎のように、僅かに透け始めるのを、奏だけが楽しそうに見ていた。
「…構わねえ」
兄たちが、琴葉が、戦っている。自分だけが、何もできない。その屈辱が、彼に禁断の選択をさせた。
「五摂家に奪われた我らの『影』を、お前の『光』で塗り潰されてたまるか!」
術師は奥の手として、境内全体の邪気を集めた巨大な呪詛を放つ。
清継様と楓の力だけでは、到底防ぎきれない。
その巨大な呪詛が、私たち三人を飲み込もうとした、まさにその瞬間。
結界の壁に、外側から一本の巨大な亀裂が走った。
「はぁっ……はぁっ……間に、合え……!」
清馬様が、自らの生命力と雷、そして奏様から与えられた風の力を融合させた、禁断の一撃を結界に叩きつけたのだ。
彼の瞳は危うい緑色の光を放ち、その口からは苦痛の息が漏れている。
結界が砕け散り、術師の呪詛が霧散する。
「巫女よ、次はないぞ」術師は忌々しげに舌打ちを一つすると、闇の中へと姿を消した。
「清馬様!」
私が駆け寄ると、彼は力の代償か、その場に崩れ落ちた。
彼の足元の影が、以前よりも明らかに薄くなっていることに、私だけが気づいていた。
分断された絆は、最悪の形で再び繋がった。
しかし、清馬様が支払った大きな代償と、取り逃がした強敵。
問題は何一つ解決していない。影向との本当の決戦は、まだ始まったばかりだった。




