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第17話「忘却の呪詛と、図書館の囁き」

「帝都星蘭高等学校の生徒数名の記憶が、まるで影に食い荒らされたかのように、断片的に欠落していることが判明した、と……!」


鷹司たかつかさ様からの報告は、和解したばかりの私たちの間に、新たな戦慄を刻み込んだ。急いで書斎に集まった私たちは、電話機から聞こえる鷹司様の静かな声に耳を傾けていた。


『被害者は全員、ここ数日の特定の出来事に関する記憶が、虫食いのように欠落している。身体に外傷はないが、微弱な邪気を検出した』


「敵は『黒椿』を媒体に、物理的な接触なく呪いを広げている可能性が高いな」


清継様が、厳しい顔で呟く。


「ああ。犯人や媒体を特定するためには、君たちの協力が必要だ。特に、白石さんの『眼』が頼りになる」


電話を切った後、清継様は私たちに向き直った。


「明日、学校で琴葉さんの『眼』を使い、邪気の源を探る。いいな」


三人は、力強く頷いた。



翌日の学校は、表面上はいつもと変わらない、

穏やかな空気が流れていた。

しかし、私の眼には、その水面下で広がる静かな汚染がはっきりと見えていた。


(……ひどい。昨日よりも、ずっと……)


一滴の墨が清水に広がるように、影に淀みを宿した生徒が、明らかに増えている。


休み時間、私はその一人であるB子さんが、友人と話しているのを偶然耳にした。


「え?私、昨日あなたと一緒に帰ったから……?ごめんなさい、全然覚えていないわ……」


悪びれもなく笑う彼女の姿に、私は呪いの本当の恐ろしさを感じて、背筋が凍る思いがした。


多くの生徒から放たれる微弱な邪気に当てられたのだろうか。

次の授業へ向かう廊下で、私はくらりと眩暈を覚え、壁に手をついた。


その瞬間、背後から伸びてきた腕が、私の体をそっと支えてくれた。


「無理はするな。君に何かあっては、元も子もない」


耳元で囁かれたのは、清継様の静かな声。

肩に置かれた手の温かさに、私の心臓が大きく跳ねた。


昼休み。

私は特に淀みの強い生徒の一人、C君の様子を詳しく見ようと試みた。けれど、彼は友人たちに囲まれていて、なかなか近づけない。


その時だった。


「おい琴葉! ハンカチ落としたぞ!」


清馬様が、わざと大きな声で叫んだ。

C君たちが何事かとそちらに注目する。

その一瞬の隙に、私は彼の影に、あの黒椿の幻影が蜘蛛の巣のように絡みついているのを、はっきりと確認した。



中庭に集まった私たちは、情報を共有していた。

私が確認できた被害者は、これで五人。

学年も、所属する部活もバラバラで、一見、共通点はないように思えた。


「待って」


腕を組んで考え込んでいた楓が、はっと顔を上げた。


「この五人……私、全員見覚えがあるわ。図書館の貸出名簿で」


図書委員である彼女の言葉に、私たちは息を呑む。


「この五人、この数日の間に、全員同じ一冊の古い詩集を借りている。そして……信じられないことに、五人の貸出日を照合すると、すべて同じ日…そう、三日前の放課後よ!」


「その花は、忘れられた記憶をかてに咲く。美しいだろう?」


いつの間にか、すぐ近くの木陰に、一人の青年が立っていた。


二条家の嫡男、二条奏にじょうかなで様。

その手には、まさにその問題の古い詩集が開かれている。


「鬼ごっこは、終わりが近いほど面白い。

…鬼が、どちらか分からなくなるからね」


彼は、驚く私たちを楽しそうに見つめると、謎めいた言葉を残してふっと姿を消した。彼のいた場所の空気が、微かに渦を巻いていた。


「な、何なんだ、あいつは……!」


我に返った清馬様が、吐き捨てるように言う。


二条にじょうかなで……。何を企んでいるのかしら」


楓も、警戒心を露わに眉をひそめた。


「彼が敵か味方かは、今は問題ではない」


清継様が、静かにその場を制した。


「重要なのは、彼が残した言葉だ」


残されたのは、戦慄する私たちと、一つの確信。


呪詛の発生源は、図書館にある、あの詩集。


「二条先輩の言葉が真実なら、記憶が喰われれば喰われるほど、呪いは強くなる。もう時間がない」


清継様が、厳しい顔で言う。


「放課後、図書館へ行くぞ」


授業終了を告げる鐘の音が、まるでレースの開始を告げる号砲のように、校舎に鳴り響いた。


呪いが学園全体を呑み込む前に、その根源を断つことができるのか。


私たちの、時間との戦いが始まろうとしていた。

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