第16話「意地っ張りの謝罪(ごめんなさい)と、涙の理由」
翌朝の食卓は、凍てついていた。私の向かいには、清継様と清馬様が座っている。
けれど、二人の間には重く、冷たい沈黙が流れ、視線すら合わせようとしない。
(私の、せいだ……。私が、もっとしっかりしていれば、お二人がこんな風に……)
お茶を注ぐ私の手は、罪悪感で微かに震えていた。
食事もそこそこに、清馬様は「稽古がある」とだけ呟いて弓道場へ、清継様は無言で書斎へと、それぞれ一人で向かってしまう。その背中は、どちらもひどく孤独に見えた。
誰もいなくなった広間で、私が一人途方に暮れていると、玄関の方から聞き慣れた声がした。
「昨夜は大変だったと聞いたわ。大丈夫?」
心配して屋敷を訪ねてきてくれた、楓だった。
「あなたが気に病むことではないわ。あの兄弟は、いつだってそうなのだから」
彼女の優しい言葉に慰められながらも、私は首を横に振った。
「いいえ、私が動かなきゃ。だってお二人は、私の大切な人たちだから」
楓の顔を見て一度強く頷くと、私は意を決して、
まず弓道場へと向かった。
パンッ、パンッ!と、弦の乾いた音が、静寂の中に響いている。
清馬様は、一心不乱に矢を放っていた。しかし、その矢は空を切り、的を大きく外れて、無惨に芝生を抉っていく。彼の心の乱れを、そのまま映し出しているようだった。
私の姿に気づいた彼は、ぴたりと動きを止め、
顔を背けた。
「…ほっといてくれ。お前のせいじゃねえ」
気遣ってくれているのはわかる。けれど、その言葉は、私をさらに遠ざけるようにも聞こえた。
私は、彼の前に回り込み、まっすぐにその瞳を見つめた。
「いいえ! 私のせいです! 私が弱いから、清馬様を焦らせてしまった! 私が未熟だから、清継様を怒らせてしまった! だから……だから、私から逃げないでください!」
私の叫びに、清馬様は驚いたように目を見開いた後、ついに弓をことりと下ろした。彼はバツが悪そうに頭を掻きながら、ぽつりと呟く。
「……悪かった。お前と楓が危ねえと思ったら、カッとなっちまった。兄上に言われた通り、俺はまだ未熟なんだよ……」
初めて見る、彼の素直な弱さ。
その姿に、私の胸は締め付けられた。
次に、私は清継様の書斎を訪れた。
彼は、古文書を開いているが、その目は少しも文字を追っていない。私の気配に気づくと、静かに顔を上げた。
私は、その場で深々と頭を下げた。
「昨日は、申し訳ありませんでした。私の力が、
お二人の間に亀裂を生んでしまいました」
「君が謝ることではない」
清継様は静かに首を振る。
「あれは、私の兄としての未熟さだ。清馬の想いを理解しようとせず、ただ頭ごなしに叱りつけてしまった」
彼の、苦悩に満ちた声。清馬様も、清継様も、
誰も悪くない。ただ、皆が必死だっただけなのに。
そう思うと、たまらなくなって、私の目からぽろぽろと涙が零れ落ちた。
(違うんです……。お二人が悪いんじゃない。
お二人の争いが、私の胸を裂くように、ただ痛いんです……!)
「私が……私が、お二人が傷つけ合うのを見るのが、何より一番、辛いんです…!」
私の涙を見た清継様の表情が、揺らいだ。彼はそっと立ち上がると、懐から取り出した真っ白なハンカチで、私の涙を優しく拭ってくれた。
「……すまない。君に、そんな顔をさせたかったわけではないんだ」
そして、彼は決意を固めたように、私の手を取った。
「行こう。清馬のところへ」
私と清継様は、顔を見合わせ、静かに頷いた。
再び、弓道場。
清継様に連れられてきた私を見て、清馬様は驚いたように立ち尽くす。
三人の間に、気まずい沈黙が流れた。
先に口を開いたのは、清継様だった。
「清馬、昨日は言いすぎた。お前の想いを理解しようとせず、すまなかった」
その、兄からの真っ直ぐな謝罪に、清馬様は顔を真っ赤にしながら、勢いよく頭を下げた。
「……いや、俺の方こそ、悪かった、兄上!」
その光景に、私は心の底から安堵し、涙で濡れた顔のまま、ふわりと微笑んだ。
私の笑顔に、二人もつられたように、少しだけ、
はにかんだ笑みを浮かべてくれた。二人の笑みが、凍てついていた朝の空気を、春の日差しのように優しく溶かしていく。
その、穏やかな空気を破ったのは、一人の使用人の慌ただしい声だった。
「若様! 大変です! 鷹司様から至急のご連絡が!」
顔面蒼白で、息も絶え絶えに駆け込んできた彼は、信じられない、という顔で報告を続ける。
「帝都星蘭高等学校の生徒数名の記憶が、まるで影に食い荒らされたかのように、断片的に欠落していることが判明した、と……!」
黒椿の呪詛が、既に次の段階に進んでいる。
その事実に、再び私たちの顔に緊張が走った。
和解したばかりの三人の絆が、今、試されようとしていた。




