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第15話「水鏡に映る呪詛と、巫女の伝説」

放課後。他の生徒たちが帰路につき、夕暮れの茜色が差し込む教室に、私たち四人は集まっていた。楓が提案した「水鏡」による調査を実行するためだ。


「ちっ、俺の出番はねえのかよ。見てるだけなんて性に合わねえ」


窓の外を眺めながら、清馬様が苛立たしげに呟く。今日の調査の主役は、私の「眼」と楓の「水鏡」、そしてそれを理論的に補助する清継様。

彼の活躍の場は、今のところなさそうだった。


「始めるわよ」


楓は、影に淀みが見られたクラスメイトの一人、

A子の机に向き直った。

彼女の瞳が、深く澄んだ瑠璃色に輝く。

手のひらから溢れ出た清らかな水が、まるで意志を持っているかのように机の影の上に広がり、薄い膜となって静止した。


水の膜が影を映し出すと、その中心に、あの漆黒の椿の花びらが、まるで血のように赤黒く浮かび上がった。


水面に映し出されたのは、ただの影ではなかった。影の中心にある黒椿の幻影から、蜘蛛の糸のような無数の黒い線が伸びて、机の持ち主である

A子の幻影の足首に、幾重にも絡みついている。

幻影のA子は、その糸にきつく縛られ、息も絶え絶えになっているように見えた。


「これは……呪詛じゅそね。黒椿を媒体ばいたいにして、少しずつ人の生気を吸い取っているんだわ。だから、影が淀んで見えたのよ」


楓の冷静な声が、静寂を破った。


「それだけではない」


清継様が、険しい顔で続ける。


「吸い取った生気を、どこかへ転送しているようだ。この術式……古文書で読んだことがある。

寄生呪詛きせいじゅそ』だ。そして、この呪詛を根本から浄化できるのは、古来よりただ一人しかいないとされている」


清継様は、まっすぐに私に向き直った。


「五摂家に伝わる巫女とは、ただ傷を癒すだけの存在ではない。あらゆる呪詛を解き、邪気を祓い、穢れた土地すら浄化する、『破魔はまの光』を持つ唯一無二の存在だ。…だが、その力を持つ巫女は、記録によれば数百年前に途絶えたとされていた」


彼の言葉に、私は息を呑む。


「父上が君に教育を施そうとしているのは、君がその伝説の巫女の再来である可能性を見出したからに他ならない」



私が、そんなとてつもない存在……?


戸惑う私の目の前で、水鏡に映るA子の幻影が、

さらに苦しそうに顔を歪めている。


「私に、できることはありますか! この呪いを、解くことは……!」


私は、たまらず叫んでいた。


「まだだ。今の君の力では、呪詛を解こうとすれば、逆に君が邪気に飲み込まれてしまう。あまりに危険すぎる」


清継様が、冷静に私を制止する。


「うるさい!」


その時、ずっと黙っていた清馬様が叫んだ。

自分だけが何もできず、私ばかりが危険な役割を担わされようとしている。その焦りが、彼の冷静さを奪っていた。


「呪詛だろうがなんだろうが、そんなもん、俺の雷で一掃してやる!」


「待て、清馬!」


清継様の制止も聞かず、清馬様はA子の机の影に向かって、極限まで威力を絞った雷撃—―紫電しでん一閃いっせんを放ってしまった。


しかし、雷は呪詛の力に弾かれ、ギャンッ!と甲高い音を立てて暴走する。

教室の窓ガラスが衝撃で粉々に砕け散り、雷の破片が室内を滅茶苦茶に飛び交った。


「危ない!」


一つの雷の破片が、近くにいた楓めがけて飛んでいく。


私は、考えるより先に、楓の前に立ちはだかっていた。両腕で顔を庇う。

衝撃に備え、ぎゅっと目を閉じた。


けれど、痛みは来なかった。恐る恐る目を開けると、私の体から、ごく薄い真珠色の光の膜が溢れ出し、雷の余波をかろうじて防いでくれていた。


「馬鹿者!」


清継様が、呆然と立ち尽くす清馬様の胸ぐらを掴んだ。


「お前の軽率な行動が、琴葉を危険に晒したのがわからないのか!」


「俺は、ただ……!」


「清馬、お前の想いはわかるが……言い訳は聞かん!」


初めて見る、兄弟の本気の睨み合い。


(清馬様の焦りが、清継様の怒りを生むなんて…私が、もっと強くならなければ!)


自分のせいで仲間を危険に晒し、兄弟の間に深い亀裂を入れてしまった。

その事実に、私は胸を痛めた。


「やめてください!清馬様は、私や楓を助けようとして……!」


しかし、私の声も、もう彼らには届かない。

清馬様は唇を噛み締めると、何も言わずに教室を飛び出していった。


残されたのは、重苦しい沈黙と、粉々になった窓から吹き込む、冷たい風だけだった。


「……皆、落ち着いて」


楓さんの、か細い声が、やけに大きく響いた。


私は、強大な力を持つことの難しさと、仲間を守るために本当に必要なものは何かを、改めて痛感していた。


そして、その一部始終を。


夕暮れの廊下の影から、一人の青年が、面白そうに口元を歪めて眺めていたことには、まだ誰も気づいていなかった。彼の周りの空気が、微かに渦を巻いている。


二条にじょう家の嫡男、二条奏にじょうかなでが、そこにいた。

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