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第13話「初めての巫女修行と、二人の若様の独占欲」

あのおにぎりの夜から、私の新しい日常が始まった。


午前中は、これまで通り屋敷の女中として働く。そして午後からは、当主様に命じられた「巫女としての教育」を受けることになったのだ。


「今日から君の指南役を務める。よろしく頼む、白石さん」


最初の師匠役として私の前に現れたのは、意外にも、清継様だった。


「君の力は、荒ぶる力ではない。生命を育む、極めて繊細な力だ。力任せの清馬より、まずは私が基礎を教えるのが合理的だろう」


そう冷静に説明する清継様に、


「兄上ばかりずるい! 俺だって、もっとうまく教えられる!」


と、案の定、清馬様が露骨に不満を表明する。


「清馬はまず、自分の力の制御を完璧にしてからだ。…それに、お前もいずれ、琴葉さんの力の繊細さを学ぶといい」


清継様の静かな言葉に、清馬様はぐっと言葉を詰まらせた。二人の間で、私を巡る静かな火花が散っているのを感じて、私の心臓が少しだけ、ちくりと痛んだ。



稽古の場所は、近衛家の敷地の奥にある、普段は使われていない古い神社の境内だった。苔むした石段を登ると、そこはまるで時が止まったかのような静寂に包まれていた。木漏れ日が差し込み、苔の緑が光の粒子にきらめいて、清浄な息吹を運んでくる。


「まずは、君自身の内にある光を、感じることだ」


清継様に言われ、私は目を閉じて意識を集中させる。けれど、何も感じない。


(どうすれば…?あの夜は、ただ無我夢中で…)


力を出そうとすればするほど、体は空回りし、

焦りだけが私の心をむしばんでいく。


その時、ふわりと、後ろから清継様の気配がした。


「力を無理やり引き出すな」


静かな声と共に、そっと彼の手が、私の手に重ねられる。


「私の力を少し流す。その流れを感じて、君自身の光のを探れ」


背中に感じる彼の体温。耳元で囁かれる、落ち着いた声。重ねられた手の、いつも冷静な彼らしからぬ熱っぽさ。古書と、お香の混じったような、彼の匂い。


その全てが、私の心を激しく揺さぶった。


「……あの、清継様……」


「動くな。集中しろ」


たしなめる声が、少しだけ掠れていることに、私は気づかないふりをした。


「…そうだ。あの花を、助けたいと願ってみろ」


彼が指差したのは、鉢植えで育てられている、一輪の枯れかけた撫子なでしこの花だった。


私は、その小さな命に意識を集中させる。


(光が、この撫子の小さな命のように、私の胸の奥で、静かに息づいている……)


その願いに応えるように、私の手から、ごく僅かな真珠色の光が溢れ出した。

光は撫子の花に吸い込まれ、萎れていた花弁が、ほんの少しだけ、しゃんと顔を上げた。


「……すごい」


その小さな奇跡に、私と清継様は顔を見合わせ、どちらからともなく、ふっと微笑み合った。


その、甘い空気を突き破ったのは、怒声だった。


「兄上! 琴葉! てめえら、稽古にかこつけて何イチャイチャしてやがる!」


稽古の様子をこっそり窺っていたらしい清馬様が、我慢の限界といった様子で飛び出してきた。


「稽古の邪魔だ、清馬」


「邪魔なんかしてねえ!」


私を間に挟んで、子供のような言い争いを始める双子。私は呆れながらも、その変わらない光景に、どこか安堵していた。


その時だった。


私の「眼」が、屋敷の玄関の方角から放たれる、微かだが、これまでとは質の違う、冷たい気配を捉えた。


(この感じ……妖じゃない。でも、あの黒い水晶に似た、淀んだ気配……?)


「どうした、琴葉?」


私のただならぬ様子に気づき、言い争いをやめて双子が顔を覗き込んでくる。


「いえ……何か、屋敷の方から……」


三人は顔を見合わせると、急いで玄関へと向かった。


そこには、一人の使用人が、届けられた一つの桐の箱を手に、戸惑っていた。桐箱が運ばれてきただけで、ひやりとした空気が指先に染み込むような錯覚を覚えた。


「先ほど、お花をお届けに、と……。ですが、差出人のお名前が……」


清継様が箱を受け取り、ゆっくりと蓋を開ける。


中にはあったのは、たった一輪。

ビロードのように艶やかな花弁を持つ、漆黒の椿だった。


その花を見た瞬間、ぞわりと全身に鳥肌が立った。


間違いない。

この黒椿から、あの人工魔石と全く同じ、歪で邪悪な気が放たれている。


「……なんだ、こいつ……。花の匂いじゃねえな。なんか、鉄が錆びたみてえな……」


清馬様が、顔をしかめて鼻をすん、と鳴らした。


敵は、もはや妖を送り込むだけではない。


人間の振りをして、こうして日常の中に、静かに、そして確実に毒を送り込んでくる。


その見えざる敵の新たな手法に、私たちは戦慄した。

穏やかな日常は、既に静かに侵食され始めていたのだ。

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