第11話「当主の試練と、二つの支え」
「お前のその言葉の覚悟、ここで見せてもらおうか」
近衛家当主、清顕様の静かな声が、凍りついた玄関ホールに響き渡る。
その圧倒的な存在感の前に、あれほど猛っていた九条暁人様ですら、忌々しげに舌打ちを一つする。
「面白い。その娘、いずれ必ず俺が貰い受ける」
と捨て台詞を残し、その場を去っていった。
嵐が去った後、残されたのは重苦しい沈黙。
そして、清顕様の冷徹な視線が、まっすぐに私に向けられた。
「庭へ来い。お前の力が本物か、そしてその覚悟が本物か、試させてもらおう」
有無を言わせぬその言葉に、私はただ頷くことしかできなかった。
案内されたのは、庭の奥にある一本の巨大な桜の木の前だった。近衛家の神木だと聞かされていたけれど、その枝は枯れ、幹は黒ずみ、明らかに生命力を失っていた。
「この神木は、先代が封じた妖の邪気に長年当てられ、枯れかけている。これを、お前の力で浄化してみせろ」
それは、あまりに無慈悲な試練だった。
「父上、無茶だ!」
清馬様が、私の前に立つようにして感情的に反発する。
「お言葉ですが父上、彼女はまだ力を制御できておりません」
清継様も、冷静ながら強い意志を込めて進言してくださる。
二人の背中が、とても温かくて、頼もしい。
けれど。
「……いえ」
私は、そっと二人の腕を引き、一歩前に出た。
「やらせてください」
震える声で、けれどまっすぐに当主様を見つめる。
「私自身の力を、私自身が知りたいんです。
そして……このお屋敷に、近衛の若様たちに、恩返しがしたいんです」
私の瞳に宿る光に、双子は息を呑んで、道を開けてくれた。
神木の前に立ち、私はそっとその黒ずんだ幹に手を触れた。ひやりとした感触と共に、指先から冷たい邪気が染み込んでくるようで、思わず手を離しそうになった。
(どうすれば……?あの夜は、ただ無我夢中で……。楓の水鏡があったから、核の場所もわかったけれど……)
力を出そうとすればするほど、体は空回りし、焦りだけが募っていく。
額に汗が滲み、呼吸が浅くなる。力なんて、どこからも湧いてこない。
その時、そっと隣に清継様が寄り添ってくれた。
「力を無理やり引き出すな。君が我々を救った時のことを思い出せ。君の力の源泉は『助けたい』と願う、その心だ」
彼の静かな声が、私の荒ぶる心を鎮めてくれる。
(助けたい、と願う心……)
私は、血の海に沈んだ双子の姿を思い出す。あの時の絶望と、魂からの叫びを。
「おい、琴葉!」
私の表情が苦痛に歪んだのを見て、今度は清馬様が叫んだ。
「難しいこと考えんな! お前がお前のやりてえようにやればいいんだよ! 俺たちがついてる!」
彼の真っ直ぐな声が、私の恐怖を振り払ってくれる。
そう、一人じゃない。
この人たちが、いる。
この人たちを、守りたい。私が。
もう二度と、大切な人の影が、あの時の両親の影に重なることなどないように……! この光で、繋ぎ止めるんだ!
その強い想いが、再び私の内に眠る光を呼び覚ます。
私の瞳が、まばゆい真珠色に輝いた。
それに応えるように、手から、柔らかな光が溢れ出した。光は神木に吸い込まれるように流れ込み、黒ずんでいた幹の、その中心から、まるで凍てついた冬の終わりに、新しい桜の芽が息吹くように、淡い光が灯っていく。
けれど、私の体はそこまでが限界だった。
視界がぐにゃりと歪み、私はその場に崩れ落ちた。
「父上、これ以上は危険です」
倒れ込む私を、清継様の腕が力強く支えてくれた。
清顕様は、僅かに光を取り戻した神木と、気を失いかけた私を静かに見下ろした後、初めてその口元に、微かな笑みを浮かべたように見えた。
「……見込みはある、な」
その一言が、私の試練の終わりを告げていた。
「清継、清馬。明日より、その娘には五摂家に伝わる巫女としての正式な教育を施す。もはやただの女中ではない。近衛家が庇護する『宝』として、丁重に扱え」
「当たり前だ!」
当主様の言葉に、清馬様が力強く言い放った。
「俺が、俺たちが、絶対に琴葉を守る!」
その隣で、清継様も静かに、しかし強く頷くのが見えた。
当主様の宣言が、遠のく意識の中で響いていた。
それは、私を守るための盾。
けれど同時に、私を近衛家という鳥籠に縛り付ける、新たな枷となるのかもしれない。
私の知らないところで、私の運命は、また大きく動き出していた。




