第10話「私の意志、私の力」
「申し上げます!九条家の暁人様がお見えになり、『近衛に匿われている癒しの巫女は、俺が貰い受ける。話があるから、さっさと連れてこい』と……!」
使用人の切羽詰まった報告に、屋敷の空気が凍りついた。
私が玄関ホールへと向かうと、そこには既に、土足で上がり込んできた九条暁人様と、冷たい怒気を放って対峙する清継様の姿があった。その傍らには、今にも飛びかからんばかりの清馬様と、静かに九条様を睨みつける楓もいる。
(私の、せいで……。私の力が、皆を危険な目に……)
柱の物陰からその光景を息を殺して見守りながら、私は自分の無力さに唇を噛み締めた。
「話が早い。その癒しの巫女を俺に寄越せ。貴様らのような生ぬるい連中では、その力を宝の持ち腐れにするだけだ」
暁人様は、悪びれる様子もなく、傲然と言い放つ。
「彼女は物ではない。近衛家が正式に保護を約束した賓客だ。五摂家の嫡男ともあろう者が、人の家の者を力ずくで奪おうとは、見下げ果てたものだな」
清継様が、静かに、しかし刃物のような鋭さで言い返す。
「てめえの理屈なんざどうでもいいんだよ!
俺は、俺が守りたいから、あいつを守る! 琴葉は、お前なんかに絶対渡さねえ!」
我慢の限界といったように、清馬様が前に出て吼えた。
「九条。あなたのやり方は破壊しかもたらさないわ。癒しの力を持つ彼女が、最も忌避すべき存在は、あなたのような男よ」
楓が、冷たく言い放つ。彼女の涼やかな瞳が、
暁人様の紅蓮を宿す瞳を、まるで凍てつかせるかのようにまっすぐに射抜く。彼女もまた一歩前に出て、私を庇うように立った。
三者三様の拒絶に、暁人様は愉快そうに口の端を吊り上げた。
「言葉でわからぬなら、力で教えてやるまでだ」
その瞳に、紅蓮の炎が宿る。
屋敷の中だというのに、彼は本気で力を使うつもりなのだ。一触即発の空気に、私は息を呑んだ。
(駄目……!このままじゃ、また皆が傷つく…)
物陰で震えていた私だったが、自分のために三人が命を懸けてくれている姿を見て、腹の底から何かがせり上がってくるのを感じた。
(違う。私はもう、守られるだけじゃない。あの夜、そう誓ったはずだ!)
私は、震える足で一歩前に踏み出した。
突然現れた私に、その場にいた全員が息を呑む。
私は、まっすぐに暁人様の緋色の瞳を見据え、
凛とした声で言い放った。
「私は、物ではありません。誰かに貰い受けられたり、渡されたりするような存在ではないんです」
そして、続ける。双子と楓にも、自分自身にも言い聞かせるように。
「この力がどんなものなのか、まだ私にもわかりません。でも、これが私の力である以上、どう使うかは、私が決めます。あなたにも、近衛の若様たちにも、好きにはさせません!」
私の、魂からの叫びだった。
その、あまりに予想外の宣言に、三者三様の反応が返ってくる。
誇らしげに、しかし少し驚いたようにニヤリと笑う、清馬様。
心配そうな、けれどどこか眩しいものを見るような、複雑な表情を浮かべる、清継様。
そして、一瞬虚を突かれた後、さらに獰猛な笑みを浮かべた、暁人様。
「面白い……! ただの巫女ではない、か。ますます欲しくなった」
膠着した空気を破ったのは、低く、しかし屋敷全体を震わせるような威厳に満ちた声だった。
「──そこまでだ、九条の小僧」
奥の廊下の闇から、静かに姿を現したのは、双子の父親であり、近衛家現当主である、近衛 清顕様だった。その圧倒的な存在感の前に、あれほど傲然としていた暁人様ですら、一瞬たじろぐのがわかった。
当主様は、冷徹な目で暁人様を一瞥した後、その視線を、ゆっくりと私に向けた。
その瞳には、喜びも怒りも、そして慈悲もない。ただ全てを見定めるような、底知れない光が宿っていた。
「面白いことを言う娘だ。お前のその言葉の覚悟、ここで見せてもらおうか」
彼の言葉が、私の運命が、もはや私一人のものではなくなったことを、静かに告げていた。




