第1話「選べないなんて言わない。だって、二人ともいただくから」
第1話の伏線が回収されるのは、第35話になります。
物語の進行はややゆっくりですが、その分、そこからは日常回も増えていきます。
実は、日常回を書いているときの方が筆が進んで楽しいのですが、キャラクター同士の関係性を深めるには、非日常の出来事も欠かせず、毎回頭を悩ませながら構成しています。
海や学園祭、クリスマスなどのエピソードもすでに執筆済みですが、登場はもう少し先のお楽しみです。
気長にお付き合いいただけましたら、とても嬉しいです。
「……は?」
夕暮れの茶室に、畳の香りが静かに満ちる。 私は袴の裾を握りしめ、目の前に並ぶ二つの影を見上げた。
そっくりな黒髪。 双子の瞳が、真剣な光を宿して、まっすぐに私を射抜いている。
同じタイミングで、同じ真剣な顔で、同じ言葉を口にした。
『好きだ』
近衛家の双子、兄と弟。二人同時に。
――いやいや、ちょっと待って。 なんで私、こんな少女漫画みたいな状況に立たされてるの?
(顔は同じ。性格も、もう、どちらがどうだなんて言えないくらい、二人とも知ってしまった。 命を懸けて私を守ってくれた人たち。私が命を懸けて守りたかった人たち。……選べるわけが、ない)
兄の清継様は、私の髪に挿した真珠の簪にそっと触れるように、静かで、それでいて熱を帯びた声で告げる。
「君のいない世界は、もう考えられない。 私の唯一の光である君を、これからは私の傍らで、生涯を懸けて守りたい」
弟の清馬様は、あの夜の記憶の疼きを振り払うかのように、一瞬だけ私の唇へ視線を落とし、そしてまっすぐに瞳を射抜いて叫んだ。
「俺の隣がお前の居場所だ! もう、誰にも渡さねえ! お前の笑顔も、涙も、全部俺が独り占めにしてやる!」
……うん、どっちも刺さる。困る。 いや、困らない。むしろ、美味しすぎて罪悪感すら湧かない。
兄の静かな稲妻のような視線。 弟の嵐のような熱気。 その二つが、肌をビリビリと撫でていく。
(こんなにも真っ直ぐな、命がけの想いを二つもいただけた。 たとえ『巫女』なんて大層な役目をいただいたとしても、私の根っこはただの女中なのに。 そんな私には、あまりに贅沢で、罰が当たりそうなほどの幸福……。
どちらか一つなんて、私には選べない。 いいや、違う。選んではいけないんだ。 この二つで一つの尊い想いを、私が分断するなんて、絶対にしてはいけない)
気づけば、私の口は勝手に動いていた。 私が選んだ、たった一つの誠実な答え。
「じゃあ──二人とも、付き合います」
沈黙が、茶室を包む。
兄の清継様は眉をひそめ、弟の清馬様は目を丸くして拳を緩めた。 二人は同時に視線を交わし、互いの顔に映る信じられない驚愕を確かめ合う。
「……えっ」 「……えっ」
兄は静かに息を吐き、低く問う。
「私たち二人と同時に……? そんな選択肢が、五摂家の掟に許されるのか?」
弟は声を震わせ、叫ぶ。
「マジかよ!? そんなのアリなの!? お前、雷の双子を二人まとめて食う気か!?」
二人の声が重なった瞬間、私は心の中で頭を抱えた。
(ああもう、どうしてこうなったのか……説明しなきゃダメ? でも、このビリビリした空気、嫌いじゃないかも……)
──そう、すべてはあの日から始まった。
近衛家に女中として入ったあの日。 結核で両親を失い、孤児院の門を叩いた私が、この雷鳴の屋敷に足を踏み入れた瞬間から。




