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2話.「あなたに嫁ぎたい、ただそれだけです」

塔の一階――

 応接室には、香ばしいハーブティの香りがほのかに漂っていた。

 白いレースのカーテン越しに差し込む光が、床に柔らかな影を落としている。


 部屋の奥。

 深紅のソファに腰を下ろしていたのは、金髪の魔女――エリナ・リカーナスキッド。


 その姿は、先ほどまでの部屋着のような服とは違っていた。


 艶やかな黒と紫を基調にした、“魔女然としたドレス”。

 裾には魔法陣の刺繍が施され、深いスリットからは艶やかな脚がちらりと覗く。

 胸元はゆるく開かれ、まるで“魅せるために作られた衣”そのもの。


 ――もちろん、演出である。


 「久々のお客様」には、こうして少しは魔女らしくしておかないと、というエリナなりのマナーだった。


 ……だが。


(あれ……?)


 彼女の視線の先。応接ソファの向かいに座る男の姿を見て、エリナは思わず眉をひそめた。


 その男――リックヴォルグ・コーゼンラート。


 彼は、しゃらら~と音が聞こえてきそうなくらいに、全身を見事に着飾っていた。


 黒地に金糸を走らせた上質な礼装。

 肩には王族でもないのに羽織るのが許されるはずのないマント。

 そして、艶のある長靴に至るまで……完璧すぎる“求婚仕様”だった。


「ねえグレイ……さっき見たとき、彼……もっと軽装じゃなかった?」


 ひそっと隣に立つ従者に耳打ちする。


 ちなみにこの時、グレイは――ふりふりの白黒メイド服を着ていた。

 背中の大きなリボンに、フリルのついたカチューシャまで乗っている。


「はい……どこかで着替えたようですね」


 顔色ひとつ変えず、グレイは答えた。

 この塔では、突飛なことほど日常なのである。


 気を取り直し、エリナはすっと体勢を正す。


 長い睫毛を伏せ、すました声で口を開いた。


「コーゼンラート公爵。今日はどのようなご用件で?」


「……願いを、叶えてもらえると聞いています」


 リックの声は深く落ち着いていた。

 その表情も、どこか緊張を含んではいるが、目は真っ直ぐにエリナを見据えている。


 ふむ、と軽く顎に手を添えて、エリナは微笑んだ。


「えぇ、対価は必要ですが……あなたにその“覚悟”はありますか?」


「はい」


 迷いなく放たれたその一言に、エリナのまぶたがわずかに動く。


(へえ……顔だけじゃなくて、意志もあるのね)


 彼女の中の“観察者”が、少しだけ楽しげに目を細めた。


「ならば聞こう――」


 ゆるく立ち上がり、ドレスの裾を摘んで一礼する。

 そして、いつもより一段低く、重みのある声で問いかけた。


「そなたは、何を望む。」


 沈黙が一拍。


 そして。


「……あなたとの結婚を、望みます」


 その言葉に、部屋の空気が……ぴたりと止まった。


「…………」


「…………」


「……は? 今、何て?」


 エリナは口元を引きつらせながら、ソファに座り直した。


「私に……“コーゼンラート公爵夫人”になれと?」


 言葉にすると、より現実味が出てしまう。

 思わず眉が跳ね上がる。


 だが、リックは静かに首を横に振った。


「いいえ。公爵位は弟に譲ってきました。

 ……私は、“あなたに嫁ぎに来た”のです」


「………………」


 エリナの口が、しばらく閉じたまま動かない。


(えっ、ちょっと待って……ええええ!?)


 動揺が表情に出そうになるのをぐっと堪えながら、彼女は隣を見た。


「グレイ! これって、どういうこと!?」


「……つまり、“リックヴォルグ・リカーナスキッド”になりたいということですね」


 事もなげに返すグレイに、エリナは白目をむきかける。


「えぇ!? どうしてそんなことに……!」


「コホンッ。エリナ様、素が出てしまっていますよ」


「はっ!!」


 思わず声が裏返ったのを咳払いでごまかす。

 ドレスの裾をつまみ直し、魔女らしい優雅さを取り戻して――


「……理由を聞いても?」


 静かに、でも内心ではドキドキと心臓がうるさい。


 そして。


 リックは、その場にすっと膝をつき、背筋をまっすぐ伸ばしたまま、深く頭を垂れた。


「……愛しているからです」


 その一言が、塔の応接室の空気を一変させた。


「え……」


 エリナの口から、かすかな声が漏れる。


 驚きに眉が跳ね、背もたれに軽くもたれていた上体が、思わず前に傾いた。


 この千年の間、どれだけの男たちが「愛している」と口にしただろう。

 いた。確かに、何人もいた――が。


(でもみんな、欲望にまみれてた。

 力が欲しい、命が惜しい、私の身体が目的――そんなのばっかり)


 それはもう、見え透いていて、見ていて退屈で、むしろ哀れにさえ思えた。


 だが目の前の男は――違った。


 跪き、飾らぬ言葉を口にし、そして……その背には、何かが宿っていた。


「ん? エリナ様、この者……」


 背後で控えていたグレイが、目を細めるようにして一歩前に出る。


「特殊な結界術を、その身に宿しておりますね」


「結界……?」


 エリナが眉をひそめると、グレイは淡々とした口調で説明を続けた。


「おそらく、彼が元いた地――“コーゼンラート領”でしょう。

 そこに永久の守りを施すため、己の命を代価に“結界の核”となったのです」


「核って……つまり、生きている限り、その地に魔物が入ってこれない?」


「はい。その命が尽きたとき、結界は消滅します」


 淡く、しかし確かに響く言葉に、エリナは目を丸くする。


(ははん。そういうこと……。)


「なるほど……ならば、そなたの願いは――不老不死でしょう?」


 問いかけると、リックは少しだけ口元を緩めた。


「いえ。それは“ついで”のようなものです」


「……ついで?」


「はい。エリナ様のことを調べていくうちに、“この世とは切り離された存在になる”といった記述を見かけまして。

 それなら、せめて最後に……少しでも役に立てればと思っただけです。

 もし……不快でしたら、いつでも解除します」


 その穏やかな声に、エリナはしばらく黙ってリックを見つめた。


 偽りがない。どこにも、欲のにおいがしない。


「……どうやら、裏もなく。本気なようですよ」


 グレイがそっと、声をひそめて囁く。


 エリナは、そっと目を伏せると――


「……コホンッ」


 喉を鳴らし、魔女らしい笑みをゆるく浮かべる。


「悪いけど、私はね――たくさんの男を囲ってる、ふしだらな女ですわよ?」


 そう言って、指をパチンと鳴らす。


 次の瞬間、隠し扉が開き――ふりふりのメイド服を着た華奢な美青年たちがずらりと一列に並んで登場した。


「趣味もはっきりしてるの。細身! 華奢! 顔面が芸術レベル!」


 ひとり、愛らしい容姿を持つ青年の頬を、エリナが優しく撫でる。


 白磁のような肌。繊細な睫毛。うっとりするような微笑み――


「ねぇ、これでも私に嫁ぎたいって言う?」


 目を細めて挑発するように笑いながら、エリナは片足を組み直した。


 だが、リックは――動じなかった。


「はい。必要でしたら――私も着ます」


「……え”っ?」


 エリナの顔が、ぱくっと開いたまま止まる。


 あまりに想像外の返答に、目がぐるぐると泳ぐ。


(あっ待ってマジで言ってる!?あの身体で!?)


 ふいに脳内に浮かぶ――マッチョな男がメイド服に身を包み、フリルを揺らしながらお茶を運ぶ光景。


「ううっ……っああ……」


 思わずこめかみを押さえる。

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