表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/25

22話.「父は嘆き、息子は恋し、母は察する」

 (な……なぜ食事まで……)


 エリナ・リカーナスキッドは、白い陶器に盛られたスープ皿を手に取りながら、ほんの少しだけ目を伏せた。


 場所は、コーゼンラート公爵邸の食堂――

 高い天井に揺れるシャンデリア、長く整った食卓、銀食器と豪華な料理がずらりと並び、貴族の食事風景そのものだった。


 ……そしてその席に、ちゃっかり“魔女”が座っているという事実に、エリナ本人が一番違和感を覚えていた。


 「エリナ様は普段、どのようなお料理を召し上がっているのですか?」


 「魔法で料理も作られるんですか?」


 「不老の体でも、やっぱり味覚はあるんですよね?」


 「……あの、それ以上は……!」


 にこやかに質問を重ねてくるのは、リックの母・ヴェーマ。そしてときどき口を挟む父・ヘンリエック。

 言葉こそ丁寧だが、完全に“質問攻め”だった。


 エリナはにっこり笑いつつ、スープスプーンを口に運ぶ――が、心の中ではゆるやかに“疲労ゲージ”が上昇していた。


 (うぅ……魔力使うよりMP消費してるかも……)


 だが、そんな空気を一気に変えたのは、隣の席に座っていた少年――リックヴォルグだった。


 スッと背筋を伸ばし、真剣なまなざしでエリナを見つめる。


 「エリナ、今後だけど――俺も一緒についていっていいよな?」


 「えっ……?」


 不意の言葉に、エリナはスプーンを止め、思わず彼を見つめた。


 その言葉の真剣さに驚きつつ、ちらりと視線を向ける――向こうに座るご両親へ。


 だが、二人はすぐに応えるように微笑んだ。


 「……よろしければ、我が家に住まれては?」


 「え?」


 目を丸くするエリナ。


 まさかの申し出に思わずスープを飲み込めず、少し咳き込む。


 「わ、私が……ここに?」


 「ええ。……私たちは、まだ息子と、もう少しだけでも一緒に過ごしたいのです」


 ヴェーマが静かに語る声には、母親としてのあたたかさと、少しの寂しさがにじんでいた。


 「でも……息子の眼中には、すでにエリナ様しかいないようでして」


 ヘンリエックが苦笑まじりに言うと、リックは顔を赤くしながらもう一度尋ねる。


 「エリナ、だめか?」


 その声には、まるで迷子の子犬のような不安と、一途な期待が混ざっていた。


 (うぅぅぅ……なにこれ、少年リックも可愛いじゃない……!)


 エリナは心の中で小さく悶絶する。未来の大人びた彼も良いが、この真っすぐで素直な子供姿はそれはそれで反則級だ。


 (うん……うん、まぁ……この空気も悪くないかも)


 「……まぁ、はい。彼が成人するまでは結婚もできませんし……ご迷惑でなければ、しばらくお世話になってもいいかもしれません」


 そう言うと、ご両親の顔がぱっと明るくなった。


 「ご迷惑だなんて!とんでもない!」


 ヴェーマは両手を重ねて嬉しそうに頷く。


 「エリナ様のような方を迎えられるなんて、光栄の極みですわ」


 「食事の際に、こんなに笑顔を見られたのは久しぶりだ」


 ヘンリエックもどこか感慨深げな表情を浮かべる。


 そうして、ぎこちなく始まった“お客様の夕食”は、いつの間にかあたたかな団欒の場へと変わっていた。


 リックは満足そうにエリナの隣でニコニコと食事を続け、エリナもまた、ふわりと肩の力を抜いた。


 (うん……まぁ、悪くないかもね)


 初めて“家族”のぬくもりに触れた気がして、彼女の頬が、ほんの少しだけ赤く染まっていた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 そうして、楽しく和やかな食事の時間が終わると――


 コーゼンラート公爵夫妻が、ゆったりと席を立ち、エリナに向き直った。


 「エリナ様には、我が家で最高の賓客室をご用意いたします。暖炉も整っておりますし、寝具も特注のものでして……」


 ヴェーマが嬉しそうに微笑みながらそう申し出た、その瞬間――


 「ダメです!」


 椅子の音をガタン!と鳴らしながら、隣の席でリックヴォルグが勢いよく立ち上がった。


 「エリナは、俺と同じ部屋がいいんです!」


 「はあっ!?」


 思わず絶句するヘンリエック。


 「な、なにを言っとるんだ、リックヴォルグ……っ! あれだけの食事をしたあとに、なんでそんな爆弾発言をする!?」


 声の調子こそ怒鳴り気味だが、その内容には明確な“親の戸惑い”がにじんでいた。


 そんな父の困惑をものともせず、リックはまっすぐエリナの手を取り、うるんだ瞳で見上げてきた。


 「エリナ、いいだろう? 一緒じゃないと……不安なんだ」


 その言葉は、甘えるというよりも“必死”だった。


 (ううぅ……)


 エリナは思わず目をそらす。


 (その顔……その顔やめて……子犬か。いや子犬だわこれは。懐いてるわ。懐かれてるわ……!)


 未来ではたくましい男だったはずのリックが、今はすっかり甘えん坊モード。しかも、自分以外に興味を示さないこの一途さ。


 (……ズルい)


 「まぁ……ええ、いいわよ。彼が安心できるなら、それで」


 やや投げやり気味に答えるエリナだったが、口元には笑みが浮かんでいた。


 その瞬間、リックはパッと笑顔をはじけさせ、彼女の手をぎゅっと強く握る。


 「ありがとう、エリナ!」


 「……ん。どういたしまして」


 そんなやり取りを横目に、ヘンリエックはゆっくりと椅子に腰を戻し、両手で顔を覆った。


 「……はぁ……まったく……」

 長く深いため息。


 「息子の愚行に、父親としてどう反応すべきなのか……日に日に難しくなっている気がするぞ」


 「でも……エリナ様も、まんざらじゃなさそうでしたね?」


 ヴェーマが小声で囁くと、ヘンリエックはさらに一層の深いため息を重ねた。


 「……やれやれ。もういっそ、いろんな意味で覚悟を決めるしかないのかもしれん」


 とはいえ、口調にはあきらめと共に、どこか“ほっとしたような”響きもあった。


 エリナがこの屋敷に来たことで――家族の空気が、確かに少しずつ、変わり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ