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15話.「神頼みで骨探し? 魔女業は地道です」

 ――デール王子が帰って、しばらく経った後のこと。


 塔の一階応接間には、いつもの静けさが戻っていた。


 けれどその空気を切り裂くように、ふいにエリナがバンと両手を広げながら声をあげた。


「だぁ~~~、うまくいった~~っ!」


 ソファに思いっきり背を預け、ぐでーっと天井を見上げる。


「……えぇ。うまくいきましたね」


 隣で控えていたグレイが、いつもの調子で淡々と返す。


 すると、応接間の奥。

 壁の隠し扉が小さく開いて――


「ヒヤヒヤしました……」


 ひょこっと顔を覗かせたのは、礼服を脱いでリラックスモードのジョナだった。


 どこか気の抜けた口調で頭を掻きながら、そっと部屋に入ってくる。


「僕、ちゃんと……王っぽく見えましたかね?」


 不安げに尋ねるジョナに、エリナは身を起こし、ぱっと笑顔になる。


「見えたわよ! めちゃくちゃ威厳あった! さすが三代目!」


 両手でグッと親指を立てるような仕草に、ジョナは照れたように笑った。


「……残ってて良かったです、焼き印」


 自分の背中をぽんと叩いて冗談めかす彼に、エリナは肩をすくめた。


「ほんと、ごめんね。ジョナにはほんとに助けられてるわ、いつも」


「なにをおっしゃいますか。むしろ、こうしてこの国の平和を保っていただいてるんですから……」


 そう言って、ジョナは深く頭を下げる。


 その謙虚な姿に、エリナは少し微笑んだ。


「……ふふっ。そういう姿勢が、威厳ってやつに繋がってるのかもしれないわね」


 本当に最初にここへ来た頃のジョナは、“王”としての威厳と緊張に満ちていた。

 けれど今は、もうすっかり――塔に馴染み、心優しい青年としての空気を纏っている。


 ――そんなジョナとも、時戻しが終われば、きっとお別れになる。


 ふと、胸の奥が、ほんの少しだけきゅっと締めつけられた。


(……引き留めたい、なんて思っちゃダメよね)


 出会いがあれば、別れもある。

 それはこの数千年で、何度も味わってきたこと。


 だからエリナは、そっとその想いを飲み込んで、立ち上がった。


「……さ、行くわよ、グレイ」


 パチンと指を鳴らし、気持ちを切り替えるように背筋を伸ばす。


 すると、グレイが一歩前へ出て、さりげなく囁いた。


「はい、エリナ様。ですが、その前に……お着替えを」


「――あっ。そうだった!」


 エリナはぱたんと額に手を当てた。


 そう、さすがにこの紫の魔女服とメイド男のまま出るのはちょっと不審すぎる――!


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 ――空を飛んで向かった先は、隣国ドルウェーの国境を越えた先に広がる、古びた針葉樹の森だった。


 昼間にもかかわらず、鬱蒼とした木々に覆われて、足元はひんやりと湿り気を帯びている。


「……確か、この辺だったわよね?」


 紫のローブの裾を摘まみ上げながら、エリナが周囲を見回す。

 頭上では鳥の鳴き声すら遠く、風の音だけがざわざわと葉を揺らしていた。


「はい。そのはずです」


 後ろから応えるのは、黒の執事服姿のグレイ。

 淡々とした口調で言いながら、手にはしっかりスコップを握っている。


「じゃあ……掘るしかないわね」


 エリナも渋々スコップを構え、二人でゴリゴリと地面を掘り起こし始めた。


 数分後――。


「……なかなか見つかりませんね」


 ひと汗かいたグレイが、首筋を指でぬぐいながらぼやく。


「そうね……この辺に埋めたって報告だったのに……」


 スコップの柄に頬を当て、エリナがへたりと腰を落とす。


 そのとき、ふいにグレイが真顔で言った。


「――神に、祈ってください」


「……えぇ!? こんなことで!?」


「どうせ、何度祈っても聞き入れてくださるのでしょう?」


「ま、まぁ……そうだけどっ……」


 言い返しながらも、思わず空を見上げ、両手を合わせるエリナ。


 (神様、お願いです。アステナ・ヴィントラード侯爵令嬢の骨でも何でもいいから、出てきてください……)


 するとその瞬間――


 地面の一部が、ぽうっと金色に光り出した。


「……ここだわっ!」


 目を見開いたエリナが、その場所を掘り返し始める。


 がさっ――と土の感触が変わる。


「願いを叶える魔女が、こうして地道に墓荒らししていると……少し笑えてきますね」


 グレイが横目で笑いながら呟く。


「笑ってないで! 手伝いなさいよ!!」


 思わずスコップで脇腹を小突くエリナ。


 二人で更に掘り進めると、ふと、湿った空気がふわっと立ち上がった。


「ねぇ……この辺、土がちょっと湿ってない?」


「えぇ。明らかに他より水分量が高いですね」


 その言葉に、エリナの顔が引きつる。


「……埋められたのって、一ヶ月以上前よね……?」


「そうですね。……すごーく、嫌な予感がします」


 そして――。


 コツン。


 スコップの先が、何か固いものに当たった。


「……っ」


 エリナは固唾を呑み、恐る恐る土を払う。


 現れたのは、白く乾いた――人間の骨。


「きゃあああああああっっっ!!!」


 咄嗟に悲鳴を上げ、グレイの背後に飛びついて隠れる。


 魔女とは思えぬほどの全力逃走である。


「お目当てのものが出ましたね」


「む、む、むりむりむりむりむり……! ムリよ! こわい!! なんでこんなリアルなのよ!!」


「何をおっしゃっているのですか。骨からでも、記憶は抜き取れますでしょう」


「抜けても触れないわよぉおぉおおおお!!」


 震えるエリナをよそに、グレイはすっと手を伸ばし、

 彼女の腕を容赦なく取ると――


「失礼」


 そのまま骨に、エリナの指先をぴとっ。


「ぎゃあああああああああああああっっ!!!」


 森じゅうに響き渡る、魔女の絶叫。


「……これが願いを叶える魔女の現場とは……」


 グレイは冷静な顔を崩さず、淡々と記録を開始したのだった。


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