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短編

前の車を追ってください


 ドンドンドン、タクシーの助手席の窓を力強く叩く。その姿の僕に対して、タクシーの運転手は訝しげな顔をする。強面の中年、厳しい先輩の顔がチラつく。


「すみません、乗せてもらえますか?」


 若い僕の顔を一瞥して、タクシーの運転手は一度、前を向く。そこからもう一度こちらの顔を見て、フッと一つ息を吐く。


「なんだい、兄ちゃん。そんな血相変えて窓叩かんでも気づくが。それにタクシーってものは客を乗せるもんや。早よ乗れ」

「……ただ、前はあかん。後ろに乗りや」

 運転手は後部座席を親指で示す。後部座席のドアが開かれる。僕は1秒の時間でも惜しかったから出来れば、今いる助手席側に座りたかった。だが、後ろは良いが前はダメらしい。


 クッと噛み締める。もどかしい。


「例のウイルスの感染拡大があってから随分と厳しくなってしまってな。その前は良かったが、後は駄目になってしもたんや」


 バタバタと後ろ側に移動して、自動で開けられたドアを自分でも少し開き、中に飛び込む。


「すみません、前の車を追ってください!」

僕はタクシー運転手にそう告げた。


「待て待て、兄ちゃん急になんや!?」


「僕は〇〇県警捜査第一課、鰻屋うなぎや光秀みつひで。警察官です、これでも」

 内ポケットから、すっと警察手帳が出せない。ちょっとあたふたしてからこちらを向く運転手に取り出したそれを見せる。


「警察さんかいな。それならそうと早く言ってくれよ」

運転手はエンジンをかける。一気に公道へと走り出す。


「あれです。あの黒塗りの車」


「よっしゃ」

タクシーは上手く前方の車を確認でき、なおかつ近づき過ぎない位置を確保する。


「すみません、無理を言ってしまって」


「兄ちゃんにも色々あるんだろ、構わない。仕事ならな」


「すみません、これはもう2度と無いかもしれないチャンスなんです。僕はある1人の星を追いながら数ヶ月、何の成果もあげられない状況でして。その星をたまたま偶然、さっき見かけて。これは天啓かと思いました程だったんです」


「あぁ、それは確かにあんな風にもなる状況だわな」


「僕、昔っから間抜けな事が多くて、どうにもそれを見返したくて警察官になったんですがそれでもやっぱり」


「人生、今より前がダメでも後が良いなんて事は多いさ。勿論、後がダメで前が良い事だってある。だが、これは俺の意見だが、前も後も悪いって事はありはしないものさ。気にすんな、若いんだから」

 バックミラーから、運転手の色の入ったメガネから覗く優しい視線が届く。


「おい、少し早くなったなあの車。もしかすると兄ちゃん、星ってやつにもう気づかれたんじゃ無いか?」


「はっきりとは分かりませんが。星は警戒心が強い方なので、気づかれたかもしれません」


 そんな会話をする間にも星の車はグングンとスピードを上げていく。


「出来る限りこっちもスピードを上げる。後方なんて確認するんじゃねぇぜ、前だけ見てろ。舌噛むなよ」


「スピード違反ですよー!」


「そんな事は後回しだ。後先なんて考えるんじゃない、さっき言った様に、今はただ前を見とくんだ」


「このスピードで、もし事故でもしたら後遺症じゃ済まないですよ」


「だから、お前さん、後の事ばっかり気にしてるんじゃ無い。あの星ってやつを挙げた自分の事だけを考えるんだ、前だけを見ろ」

 そんな言葉をかけられて、僕も頭の中がボンヤリして熱い何かで巡っている様な感覚になってくる。その時にも、前の車はどんどんとスピードを上げていく。これは確実に尾行がバレている。僕は後腐れを残すのは嫌だとその時、思いが心に走った。


「追いましょう。出来る限りスピードを上げて」


「よし、よく言った!」

最低限、守っていた法定スピードを大きく超過していく、前の車もそれに合わせる様に似た様にスピードを上げていく。


「振り切られたら困ります。出来る限り追走して下さい」


「そうは言ってもこのままでは逃げ切られるぜ。向こうは迷いなく進んでやがる、後ろにはつけないよ」


「それは困る。目的地が分かったら良いんですか?」


「あぁ、そうだ。最低限、後ろをつけ続けるならな。やつはどこに行くんだ?!」


「分かりません、後ろの僕には!」


 目的地なんて分かるわけが無い。振り切られそうになる最中、僕は言葉を振り絞る。

「あぁ!そうだ、そうだ。後ろがダメなら、前に回って犯人に聞いて下さい」


「おいおい、何言ってんだよ、お前さん。後ろがダメなら、前だと言ったが、流石に冗談言うのは後にしてくれ」


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