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手がかり09.婚約破棄を告げた理由

 

 その後、騒ぎを聞きつけた騎士たちによって、カトレアとルイスは連行され、事情聴取を受けた。


 魔法が使えないはずのカトレアが使えた強力すぎる魔法は王国から危険だと判断されたのだ。


『カトレア様の魔法は、かつて、この大陸で恐れられていた幻影魔法と良く似ています。幻影魔法は、自分の想像が現実になる恐ろしい魔法です。『消えろ』と願えば、人が消え、『世界が滅べ』と願えば、世界が滅びる。そんな魔法です』


 魔法省の役人であるダイアンは、資料を読み上げながら、淡々とそう言った。


『幻影魔法の使用者は、この国では処刑対象です。よって、幻影魔法の使用者であると断定ができ次第、残念ながら……』

『残念ながら、何だって言うんだ!』


 ルイスは、ダイアンの胸倉を掴み上げた。しかし、怒りを露わにするルイスに対してダイアンは顔色一つ変えない。


『おい、何とか言えよ。お前、研究者だろ』

『公務員ですから。決まりは決まりです』


 涼しい顔でそう続けるダイアンに、ルイスは叫んだ。決まりだから、とお偉い人間たちはその書面にハンコを押すだけだ。


『この、役所仕事が!』

『これで給料を貰っている身ですので』


 ダイアンは、胸倉を掴まれたまま『ですが』と続ける。


『彼女が幻影魔法の使用者かどうか確認できるまでは、厳重な警備の上監視をさせていただきます。処刑はすぐには執り行いません。矛盾するようですが、これも決まりです』

『……お前』


 パッとルイスは、ダイアンから手を離す。


『私は、仕事に私情は挟まない主義、ですが』


 身なりを整え、白衣を羽織り直したダイアンは、やはり、淡々と続けるのだ。


『未来の上司に恩を売っておくのも悪くない、そう思っただけです。偉くなってくださいね、ルイス様』


 ダイアンの判断により、カトレアは魔法省の管轄下の施設で過ごすことになった。


(しかし、カトレアが処刑を免れているのは、まだ『疑わしい段階』だからだ)


 ダイアンはただの現場の役人だ。もし、官僚や魔法師、大臣まで口を出してきた際には、彼女を守れる術がない。


(俺が強くなるんだ。強さも権力も全部手に入れて……そして、彼女を守ろう)


 そして、ルイスはカトレアを守るために騎士になることを決意したのだ。


 ◇


 彼女は罪人ではない。

 それなのに、こんな檻の中に閉じ込められ、外に出ることも許されない。毎日、魔法省の研究者たちに問診され、血液を採取される。


 彼女の家族や仲が良いと豪語していた貴族たちは、彼女の力を恐れて、面会にくることもなかった。薄情なものだ。


『大丈夫よ、気にしないで』


 カトレアはそう言うものの、ずっと表情が暗かった。明るく太陽のように笑っていた彼女は、段々と笑わなくなっていった。

 ルイスは、アンジュー家の屋敷から彼女の部屋にあった家具を持ってきて、以前と変わらない生活を送ることができるように魔法省に掛け合った。


『ほら、アンジュー家の君の部屋とそっくりに家具を配置してみた。どうだ?』

『ふふ、確かに少し落ち着くわ』


 カトレアは笑っていたが、それも空元気だったのかもしれない、とルイスは今になって思う。なんとか、カトレアは穏やかに生活を送っていたが、それも長くは続かなかった。


『ルイス、夏なのにそんなに暑そうな服を着てどうしたの?』


 ある日、カトレアが首を傾げながらそう言ったのだ。季節は秋に差し掛かっており、肌寒い日が続いたため、ルイスはコートを羽織っていたのである。

 嫌な予感が胸をよぎった。


『カトレア? 今、何月か覚えてるか?』

『7月の……えーっと』


 カトレアはそう言いながら、自室のカレンダーに視線を送る。そこには、間違いなく10月とそう書いてあるのだ。


『あれれ? 私、カレンダーを間違って捲ってしまったのかしら』

『カトレア』


 ルイスは、薄々感じていた違和感が確信に変わった。

 はじめは、疲れから記憶に齟齬が出ているのだろうとダイアンは言っていた。けれども、この症状は。


『カトレア、俺の名前、言ってみて。フルネームで』

『何よ、いきなり、ルイス――――……、あれ? ルイスのファミリーネームって、なんだっけ?』


 そこまで話して、ふとカトレア自身も気が付いたらしい。震える声で、カトレアは言ったのだ。


『もしかして、私。記憶を失っていっているの?』



 ◇



 次にルイスが部屋を訪れた時、カトレアは掃除をしていた。珍しいなと思いながら、カトレアに声をかける。


『何してるんだ?』

『日記を捨てているの』


 カトレアは日記を書くのが好きだった。その時の新鮮な気持ちを保存しておきたいからだという。


 私物を整理し続ける彼女は、まるで死ぬ前に身辺整理をしているような印象を受け、ルイスは複雑な気分になった。


『なんでだ? 俺は君の黒歴史の日記を見てもなんとも思わないぞ』


 ルイスの冗談に返すこともなく、カトレアは無表情のままだった。

 そして、彼女はいつも身に着けていた婚約指輪を外して、ルイスに押し付けた。


『ちょっと、何の冗談を――――』

『……ごめんね、婚約破棄して欲しいの』

『は?』


 唐突な婚約破棄。ルイスは、訳が分からなかった。

 冗談じゃない、とカトレアを見つめると、彼女はにこりとも笑わずに話を続ける。


『私は、貴方の記憶を忘れていっている。貴方の名前ももう思い出すことができないの……きっとあんな強力な魔法を使った代償ね』

『そんなこと知ってる。君が記憶を失っても、俺は――――』


 君のことが好きだ。愛している。

 その言葉を遮るようにして、カトレアは言った。


『魔法省の管轄下にある私と結婚なんてできるはずない。別の人を探すべきよ』

『そんなことない!』

『私が、『幻影魔法』で、貴方を消してしまったらどうするの?』

『君はそんなことしない!』


 そう叫んでみても、カトレアの心には何一つ響かない。きっともう彼女は、心に決めているのだと、ルイスは確信していた。


『貴方には幸せになって欲しいのよ。私のことなんて忘れて』

(やめてくれ)

『お願いよ、ルイス、もし私が完全に記憶喪失になってしまったら――――』

(……聞きたくない)


 カトレアはわかっているのだ。ルイスが自分の願いを断れるはずがないと。

 ずるい人だ、と恨めしい気持ちでカトレアのことを見つめる。


『――――その時は、私と婚約破棄してちょうだい』

『……勝手な人だな、君は』


 結局、ルイスは大好きなカトレアの願いを断れなかった。だから。


『……好きな人から、婚約を破棄しろと言われたんだ』


 ルイスは、完全に記憶を失ったカトレアにそう告げたのだった。


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