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手がかり08.君がくれたものを抱きしめて

 

 ルイス・アストリアンという青年は『天才』と呼ばれていた。

 魔法省の官僚を多数輩出している侯爵家に生まれ、勉強も人付き合いも魔法も、全てそつなくこなし、苦労しているところなど微塵も感じられないからだ。


『いやはや、ルイス殿は何をしても簡単にこなしてしまわれますからな』

『ありがとうございます』


 両親も魔法学校の教師も、周囲の貴族たちも。ずっと彼が『天才』だと疑いも無くそう思っている。


(本当は、俺だって、期待に応えられるように頑張っているのに)


 けれど、幼い頃から今に至るまで、そんな努力を誉められることは一度も無かった。ずっと、彼は孤独だった。



 ◇



 アストリアン家主催の夜会にて、挨拶に疲れ切ったルイスは中庭の人目に付かない場所にひっそりと佇んでいた。今日も、『ルイス様は、何でも簡単にこなされて羨ましい』と嫌味のように褒められて疲れ切ってしまっていたのだ。

 煌びやかな会場から抜け出して、薄暗い中庭なんかにわざわざ来る物好きもいないだろうと思っていたルイスだが、そこには先客がいた。


『……あら、貴方もおさぼりですか?』


 月明りしかない中庭で、美味しそうに頬を押さえながら、もぐもぐとクッキーを食べている女の子がいた。


『はじめまして、カトレア・アンジューです。オーリン伯爵家の代理で参加させてもらえただけの弱小伯爵家の娘なんですが、そろそろ婚約者を見つけろ! ……なんて、両親がうるさくって。疲れてしまって……』


 彼女はルイスに近寄ると、クッキーを差し出した。どうやら、会場から持ち出してきたらしい。


『甘い物、美味しいですよ。疲れも飛ぶし』

『あ、ありがとう』


 ルイスがクッキーを貰うために差し出した手を見たカトレアは、目を見開いた。


『わっ、すごいペンダコですね。毎日、沢山勉強をしている証ね、凄いわ!』


『私なんて、魔法学校の入学試験に落っこちちゃって~』と言って彼女は笑った。ピンク色の瞳が、おかしそうに細められる。


『……きっと、貴方は努力家なんですね! って、知ったような口を利いてごめんなさい』

『……っ』


 その瞬間、ルイスの心が震えたのだ。

 ルイスがアストリアンの次男だと知らないのにも関わらず、気軽に話しかかけてきたかと思うと、誰からも褒められてこなかった『努力』を凄いと言ってくれた。


(この人は……人の肩書きを見ていない、真っすぐな人なんだな)


 あまりに単純だな、と自分で自分を笑い飛ばしたくなってくる。

 どんな美人だと言われている令嬢から言い寄られようが、どんな耳当たりのよい言葉を並べ立てられて口説かれようが、感情が動くことは無かったというのに。

 目の前のカトレアの笑顔が、この世のどんなものよりも眩しく見えた。


(……この感情が、どういうものなのか。誰かに聞かずともわかってしまうほどには、俺は)


 ルイスは、彼女に一歩近づいた。


『俺の名前は、ルイス・アストリアンだ』

『えっ、アストリアン……っ!? えっ、あっ、ご挨拶したはずなのに、中庭が暗くて良く見えず、もっ、申し訳ございません!』


 唐突な主催者の息子の登場に、勢いよく頭を下げる彼女を見ていると、思わずふふ、と笑いが漏れる。


『君、婚約者を見つけないといけないって?』

『はは、お恥ずかしながら……』


 ルイスは、気まずそうに笑う彼女の手を恭しく取った。


『じゃあ、婚約することを前提に、俺とお付き合いして欲しい』

『えっ』


 ぷちり、と庭園に生えたカトレアの花を手折って、跪いた。


『どうやら、俺は、君に一目惚れしてしまったみたいなんだよ』


 それが、ルイス・アストリアンの初恋だった。

 彼女が照れながら、花を受け取ったのは、その数秒後のことだった。



 ◇



 魔法に愛されたインディゴーラ王国では、度々魔物による襲撃が発生する。


 王国側も様々な対策を打っているものの、魔物の発生を事前に抑制することは不可能であるため、結局発生を受けてから騎士に招集をかけるという対処療法に走るしかない。

 当然のことながら、魔物による被害者は発生する。それにも関わらず、人間というのは愚かなもので「自分だけは大丈夫だ」と思い込んでしまうのだ。


 夜会から数か月後。

 ルイスは、婚約者であるカトレアと一緒に王都の街を歩いていた。

 ジャムの入ったミニタルト、アップルパイに、ガトーショコラ、プリン……今日は彼女の大好きな甘い物を沢山食べるデートだ。


 晴れた空に白い雲。不運なことなど、大好きな婚約者とのお出かけで浮かれたルイスには想像もできなかった。


「ル、ルイス!」

「ん?どうした?」


 大好きな婚約者が慌てた声を出すものだから、ルイスはちらりとカトレアの方を見遣る。


「……なんだあれは!」


 ルイスがそう叫んだ時は、もう手遅れだった。


 そこには、魔物がいたのだ。

 頭が九つに分かれたドラゴン――――ヒュドラだ。

 大きな口を開けた魔物がルイスの真上に迫っていて、牙が頬を掠めた。


(どうして、今なんだ……!)


 ルイスは、咄嗟に自身の嵌めていた腕輪に力を込める。ぼわり、と淡く紫色の光が広がっていく。


(くそっ、魔力があまり込められない!)


 ルイスの魔法石は、自身の腕輪にはめ込まれている。

 杖や剣など、魔法石をどのように用いるかによって、魔法媒介の形状は変わってくるが、一般的なのは腕輪型である。弱い魔物への攻撃から生活魔法まで幅広く万能に使うことができるような型なのだ。

 けれども。


(この腕輪は戦闘特化ではない。だからヒュドラを倒すのは……)


 ヒュドラは、ドラゴンの一種である。このレベルの魔物であれば、魔法石を剣に埋め込んでいる騎士か兵士でないと倒すのは難しい。


「く……っ」


 ヒュドラの腹側が黒く焼け焦げ、確実にダメージを与えられていた。しかし、無情にも、込めた魔力に耐え切れずに腕輪がぱきり、と音を立てて壊れそうになってしまう。


(これが、限界か……!)


 ヒュドラは苦し気に声を上げながらも、ガブリ、とルイスの腕に牙を突き立てた。一瞬のことなのに、まるで時間の流れがゆっくりになったように感じる。


「い……った……」


 痛いというより熱い。体から力が抜けていくような感覚だ。

 死ぬときというのは、もっと痛くて苦しいものだと思っていたルイスだが、思いの外安らかに意識を失っていくらしい。


 だが、彼が気がかりだったのは自分ではない。


(――――カトレア)


 ルイスの婚約者である彼女は、名前の通り、蘭のように可憐で美しい人だ。

 侯爵家であるルイスが格下のアンジュー家と婚約するのはいい顔をされなかったが、幸いにもルイスは次男であった。

 カトレアに告白した日、両親に無理を言って、無理矢理カトレアとの婚約を取り付けたのだ。


(君も俺のことを大切に思ってくれていた。傍にいるだけで伝わっていたよ)


 お互いを思い合っていて、幸せで穏やかな日々。ずっと彼女と一緒にいることに疑いなどなかった。


「ルイス!」


 彼女の悲痛な声が辺りに響く。

 それと同時に、バタバタと騎士たちが駆けつけてくる足音が聞こえる。きっとカトレアが呼んでくれたのだろう。


(彼女は守ることができた……それでも)


 ルイスは胸が痛くなった。彼女一人を残していくことが辛くて仕方なかった。

 カトレアは、魔力があまり強くなく、実家のアンジュー家からあまり良い扱いをされていない。

 自分がいなくなって大丈夫だろうか。生きていけるのだろうか。


「ルイス、ルイス……っ!」


 婚約者のことばかり案ずるルイスの目に、泣いているカトレアが目に映った。


(……ああ、好きだな)


 ルイスが意識を失いかけた時、カトレアの鈴の鳴るような声が響いた。


「――――もう、全部消えて! ルイスを傷つける魔物なんて、全部消えてしまえ!」


 彼女がそう言った瞬間だった。

 騎士たちが攻撃するよりも早く、文字通り、ルイスを食べようとしていた魔物が綺麗さっぱりと消えてしまったのだ。


 血だらけでその場に放り出されたルイスは、突然石畳の道に叩きつけられる。

 ルイスは自分が助かったことはどうでもよかった。ただ、それよりも。


(――――魔法石も持っていないカトレアが魔法を使った? なぜ?)


 ルイスがカトレアを見上げると、彼女も信じられないというように自分の手を見て震えていた。


 魔法は基本的にエネルギーの塊である。なので、水や炎に変化させて攻撃をすることはできても、あんな一瞬で魔物を“消し去る”なんて本来は不可能なのだが。


(あんな強い魔法、禁術レベルの魔法なんじゃ……)




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