手がかり11.きっと何度だって
カトレアの魔法は、例のヒュドラ討伐後、魔法省の協力もあり、ほぼ解明された。
『記憶と引き換えに物を“違う空間にしまっておく”』能力。失う記憶は、カトレアの一番大切な記憶であるらしいと使用人――――もとい魔法省の研究者ダイアンは言った。
『契約魔法の一種ですね。自身の何かを代償にすることで、魔力が生み出されます』
『なるほど?』
『例えば、血や供物を捧げる魔法がそうですね。貴方の場合は、それが記憶だから分かり辛かったんです』
『……では、私が幻影魔法使いだというのは?』
『ああ、全く無関係でした』
カトレアは、がくっと崩れ落ちそうになった。
もしかしたら、世界を揺るがす自分が稀代の魔法使いだったかもしれないと思っていたのだが、杞憂に終わったらしい。
(記憶を取り戻さない限り、しまった物も取り出せない。記憶を取り戻すタイミングなんて、コントロールのしようもないし……なんて使い勝手の悪い魔法なの)
溜息をついたカトレアだが、彼女が生きているのも目の前のダイアンのおかげに他ならない。彼女は立ち上がるとぺこりと頭を下げる。
『……ダイアンも協力してくれてありがとう』
『まあ、それで給料を貰ってるので』
ダイアンは相変わらず不愛想だ。
すくりと立ち上がると、礼の一つもせず、カトレアに背を向ける。けれど、少しだけ、いつもより表情は柔らかい気がする。
『良かったですね、では』
ダイアンらしくもない言葉を残して、彼は去っていった。
◇
とはいえ、残念ながら、カトレアはまだ檻の中だ。
彼女の魔法は、危険な幻影魔法などではなかった。だから、彼女は、もう処刑されることは無い。
(けど、ヒュドラを出しておいて「ここから出してください」という理屈は当然ながら通用しないのよね……)
カトレアは、ソファに座ったまま、しかめ面をしている隣の男を見つめる。
「まだ、カトレアは出られないのか」
「やっぱり、この魔法が危険なことには変わりないからじゃないかしら」
「魔法省の役人共々ぶっ飛ばそうか?」
「それはやめて」
カトレアが記憶を取り戻したことで、魔法省も彼女に嘘を吐く必要が無くなった。
そのため、兵士の同行があれば比較的自由に施設内を移動できるようになったし、研究にも積極的に参加させてもらえることになった。
魔法省の兵士や研究者のダイアンとも仲良くさせてもらっている。
そのため、カトレアは現在の生活に不満はないのだが、今のルイスなら本当に魔法省ごと吹っ飛ばしかねない。
「ルイスに謝らないといけないことがあるの。私ね、ずっとルイスが私を監禁してるんじゃないかと思ってたの」
「俺が監禁……」
ルイスは、顔を顰めた。
「だって、婚約した形跡もなかったし……」
「君が、俺に関わるもの全部処分したからな。にしても監禁か。そんな人間に見えたか?」
「…………」
「悩まないでくれ……」
ルイスは呆れながら、深い溜息をついた。
「監禁されてると思ってたのに、俺の差し入れ食べたり、話したり、ずいぶんとくつろいでたじゃないか」
「それは、ルイスと話す時間が楽しかったから……。記憶が無かったけど、ルイスのことがその……好きになってたし」
もごもごとカトレアがそう言えば、隣に座っていたルイスは、顔を真っ赤にして、ガタンとソファから立ち上がった。
「照れてる?」
「……っ、別に」
ルイスは咳払いをして、誤魔化すように窓際に立った。カトレアもまた彼を追いかければ、ルイスは開き直ったように告げる。
「本当は婚約破棄なんてしたくなかったのに、大好きな君から頼まれたら断れないじゃないか。……君は酷い人だな」
「ごめんね」
眉を下げてそう言えば、優しくカトレアの手が取り上げられる。左手の薬指に、カトレアが突き返した銀色の指輪が嵌められる。
「……俺は、騎士として君を守るし、魔法省の官僚になって、いつか君を自由にする」
「うん」
「絶対に君を諦めない。俺は欲張りな人間だからな」
ルイスは、意を決したように大きく息を吸って吐く。
「―――愛しているよ、何があっても。この先もずっと」
その言葉を聞いたカトレアは、がばりと抱き着いた。
けれどその時、ワンピースの裾を踏んでしまい、カトレアはルイスに飛び込むような格好になる。
「私もずっと大好き!」
「うわ、ちょっと、カトレア! 急に抱き着かないでくれ! 待て! こけるだろ!」
バランスを崩したルイスとカトレアは、そのまま床に倒れ込んだ。まるで、子どものように絨毯に寝転がった二人はケラケラと笑った。
(確信しているの。もしも、私がまた記憶喪失になっても――――きっと貴方に何回でも恋に落ちるって)
鉄格子の外れた窓の外には、真っ青な空が広がっていた。
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