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重なる体温

作者: 夜空タテハ

 恋がしたかった。

 ただ、お互いがお互いのために存在してくれていたら、それで幸せ。そんな恋を夢見て恋して焦がれていた。

 そんな時に、出会いは突然、降ってきた。

「夢乃さん、ちょっと飲み過ぎじゃないですか?」

「これくらい余裕よ」

「でも、少しはお水とか……」

「いいのいいの」

 向かいに座る後輩からの警告を無視して、私はぐいっとお酒をあおぐ。

 今の私には、お酒しか拠り所がない、そう思っていた。

 後輩もわざわざ私なんかと飲まないで同期や友達、恋人と飲めばいいのに、なんて思うけど。いや、恋人がいたら、異性の上司とサシ飲みなんてしないか。っていうかもしかして、私って後輩に慕われてる……まさかね。もしもソレが当たってたとしても、私は社内恋愛なんて絶対にしたくないから、やんわりと断る術を探さなくちゃいけないな。

 そんなことを考えながら、ぼんやりとお酒を喉に流し込んでいた。

「……夢乃さんって、悩みとかありますか?」

「なに、急に。私に仕事のアドバイスとかは期待しない方がいいよ?」

「いや、まあ……仕事の悩みっていうか……夢乃さんから見て、僕はいい部下ですか?」

「……まあ、目立った問題はないし、仕事が早いし、自分から意見を出したり工夫をしたりできるし……いい部下なんじゃない?」

 私の返答に、彼は安堵したようだった。

「そんなことを聞くために飲みに誘ったの?」

「え、いや……まあ、……夢乃さんともっと仲良くなりたいから、ってのもありますけど」

「はいストップ。『仲良くなりたい』ってなに? 恋愛的なこと?」

「えっ、いやっ、あのっ、ま、まあ、はい……」

「私、社内恋愛はしない主義だから」

「えっ……ウチの会社、恋愛禁止じゃないですよね?」

「会社の方針じゃなくて、私の方針ね。じゃあ私、そろそろ終電が近いから帰るよ。立花くんも早く帰んな? ここは上司権限で奢ったげるから」

「えっ、あっ……はい……」

 しょんぼりと肩を丸める後輩に、少し悪いことをしたかなとも思ったが、私は私の思いを率直に伝えただけ。なにも悪くない。そう思いながら、お会計を済ませる。

 お会計を済ませてから、二人で駅へ向かおうかと確認したが、少し一人にしてほしいとの返答だったので、先に店を出た。一人、駅へと歩いていく。駅まで歩く道で、様々や人間や色々なお店などが視界に入った。

 終電が近いなんてのは嘘で、早いとこ話を切り上げたかっただけだった。駅前の喫煙所に入って、一服しようとタバコを取り出す。しかし、ライターの火がなかなかつかなかった。仕方ないなぁ、と思いながら周りを見渡して隣に立っていた男性に声をかけようと決めた。

「すいません、火を貸してもらえませんか?」

「ん? あぁ……アンタ、ラキスト吸ってんのか」

 男性が、私が持ってたタバコの箱を見て言う。ラッキーストライク。なんとなく気に入ってずっと吸ってるタバコだ。

「まあ、はい」

「ちょうどいいや。一本くれよ。空になっちまったんだ」

 そう言って、男性は手に持っていたラッキーストライクの空き箱をこちらに見せてきた。

「そういうことなら、どうぞ」

 私は持っていた箱を男性に差し出す。男性はそこから一本、抜き取って、ライターを私に差し出してくれた。私はありがたくライターを受け取り、自分の持っていた一本に火をつけて、ライターを男性に返した。男性もタバコに火をつけて、しばし静寂が訪れる。

 私も男性も、ただ静かにタバコの煙を見つめていた。その時間が、なんだか心地よくて、この人かも、なんて思った。

「あの」

「ん?」

「お名前、聞いてもいいですか?」

「白峰。白峰渚。……なんで?」

「あっ、あの、えっと、またこうして一緒にタバコを吸う時間を作れないかな、みたいな……。あんまり周りにイマドキ、タバコを吸いたいって同年代がいなくて。あ、遅ればせながら、私は、一ノ瀬です。一ノ瀬夢乃って言います」

「ふーん……。じゃあ、今度、喫煙オーケーな店に一緒に飲みにでも行くか?」

「えっ、いいんですか?」

「いいよ。……アンタのこと、なんて呼べばいい? 夢乃さん?」

「呼びやすい呼び方で読んでください。私は……渚さんって呼びますね」

「じゃあ、俺は夢乃って呼ぶわ」

 そう言いながら微笑む姿が、なんだかとてもキレイに見えた。

「渚さん、もし今から時間あったら、そのお店、今から行きません?」

「あ? 俺は別にいいけど……夢乃は、終電とかまだ間に合うのか?」

「ちょっとギリギリになるかもしれないけど……。でも、渚さんともうちょっとしっかり腰を据えて話したいかな、って」

「んー……じゃあ、行くか。ついてきて」

 そう言って、渚さんはタバコを消して、歩き出した。私も慌ててタバコを処理して、渚さんの後をついていく。

 ほどなくしてついたお店は、個人経営らしいこじんまりとした居酒屋だった。

「今日はあんまり混んでないっぽいな」

 外から様子を伺って、渚さんが言う。

「じゃ、入るか」

 手招きされて、渚さんと一緒にのれんをくぐった。店内にはカウンター席と、テーブル席がいくつかあった。私たちはテーブル席に向かい合って座った。

「なに飲む?」

「ん〜……とりあえず日本酒で、甘口の気分です」

「はいよ。じゃあ俺は……ウィスキーにでもしようかね。つまみはテキトーに焼き鳥セットでも頼むか?」

「焼き鳥いいですね! ぼんじり食べたいです、私。あ、こっちの一口餃子なんかもいいですね。あと漬物とか……」

「……じゃあこんなもんか。注文するぞ」

「はい」

 渚さんが注文をして、ドリンクがまず運ばれてきた。

「乾杯しましょ」

「なにに?」

「二人の出会いに?」

「はっ、クサ。でもまあ、じゃあ、二人の出会いに、乾杯」

「乾杯!」

 グラスがカチンとぶつかる音がした。ぐいっと、一口、口に含む。

「かーらーのー、やっぱりコレですよね!」

 私はそう言ってタバコを取り出した。渚さんがライターを出してくれた。私はライターを受け取りながら、渚さんに一本、差し出して、自分も一本、取り出した。火をつけて、タバコの煙を視線で追う。渚さんも、ぼんやりとタバコの煙を眺めていた。

「……渚さんって、タバコが様になりますね」

 私はなんとなく、そんなことを呟いた。

「そうか? まあ嬉しいけどよ。ってか、今さらだけど敬語いらねーよ? 夢乃と俺、あんま年、離れてないだろ? さんもいらないって」

「年なんてなんでわかるんですかー。っていうか、レディに年とか言わないでくれます?」

 私がちょっと不機嫌そうに言うと、渚さんはめんどくさそうな顔をした。

「カンだよ、カン。そういうウザ絡み、やめろよ」

「……はーい。じゃあ、そっちのご要望通り、渚って呼ぶね。敬語も外す」

「おう、それでいいよ」

 タイミングよく食事が運ばれてきた。

「ぼんじりっておいしいよね……」

「そうだな」

「今テキトーに相槌を打ったでしょ?」

「どうだかな」

「もう〜! そうやってはぐらかす!」

 そんな風にわいわいと、私たちは喋りながら飲み食いし、時々タバコを吸った。楽しい時間はあっという間に過ぎて、いつの間にか本当に終電がヤバそうな時間になっていた。

「そろそろ帰るか?」

 渚に言われて、私は少し悩んだ。明日は休日。特に予定もない。帰らなくても、誰も怒る人間なんていない。

「……渚はどうしたい?」

 私が聞くと、渚は少し考える素振りを見せた。

「夢乃がいいなら、……俺ん家、泊まってかないか?」

「え?」

「あ、やっぱりホテルとかのがよかったか? 俺あんまホテルとか好きくないんだけど……」

「え、あ、いや、まあ確かにちょっとびっくりはしたけど、嫌とかではなくて。ホテルは私もなんか苦手だし。ああいう、なんか……いかにもな雰囲気というか……」

「わかる。俺ん家、ここから遠くないから、っても電車には乗るけど、終電まだあるから、どうだ?」

「……私はまあ、泊まるのはいいんだけど……お泊りセットとか、コンビニで買わせてほしいかも」

「そっか、じゃあコンビニでタバコとかもついでに買ってから、俺ん家な。とりあえずここの会計してくるわ」

「え、私も払うよ?」

「いいよ、俺の奢りで」

「そう? じゃあ、ごちそうさま」

「おう」

 会計を済ませた渚が戻ってきて、二人で席を立つ。駅前までの道では、お互いにあまり喋らなかったけれど、嫌な空気ではなかった。

 少しのあいだ電車に揺られて、渚の家の最寄り駅に着く。その間もあまり目立ったおしゃべりはしなかった。

 コンビニに寄って、私のお泊りセットや渚の分のタバコ、ついでにお酒とおつまみなど、色々と買った。少し重そうなレジ袋を、持とうかと提案したが却下された。

「ぶっちゃけ聞くけど、夢乃は俺のどこがそんな好きなわけ?」

「はい?」

 渚からの唐突な質問に、私は一瞬、言葉を失った。

「あれ、違った? 俺のこと好きだから泊まってくんじゃないの?」

「いや、まあ……好きだけど。なんて言えばいいんだろうな、雰囲気……直感? 一目惚れ、かも。なんかビビッと来ちゃったんだよね」

「ふ〜ん、そっか」

「そう言う渚こそ、なんで私を好きなの?」

「一目惚れかもね」

 いたずらっぽく笑いながら言う渚を見て、私は胸が高鳴るのを感じていた。

「本当に?」

「本当だよ、多分」

「多分ってなによ」

「ま、なんでもいいじゃん? 相思相愛なんだから」

「……ま、いいわ」

 話してるあいだに、渚の住むマンションに着いたらしい。

「ちょっとだけコレ持ってて」

 渚はそう言って私にレジ袋を差し出した。そして鍵を探してポケットに手をつっこむ。渚は手早く鍵を開けて、私の手からレジ袋を奪った。

「さ、どうぞ、上がって上がって」

 ドアを開けて、渚が手招きをする。私は言われるがまま渚の部屋に入った。レジ袋を床に置いて手洗いうがいをしてから、レジ袋の中身を一緒に整理する。

「夢乃はこういうの慣れてるの?」

「……慣れてるって言っていいのかはわからないけど、初めてではないかな」

「そっか」

「やっぱりオトコとしては処女のがいいの?」

「んなこだわりないよ。ただ、夢乃の心に残ってるオトコがいるなら、それは嫉妬するかもね」

「そんなオトコはいないから、安心してくれていいよ」

「そっか。……今日はこの後どうする?」

「とりあえずシャワー浴びてきてから考える」

「オッケー。シャワーそっちね。足りないモノとかあったら言って」

「ありがと。後でね」

 そう言って、私は必要なモノを持って浴室へ向かった。少しのあいだ、一人の時間。

 本当にこれでよかったのかな。なんて考えてみる。一目惚れ……多分そう。渚の雰囲気というか空気感というか、なにかが私の直感にピタリとハマった。だから私は今ここにいる。その選択が本当によかったのか。わからないけど、今のところ不快感はない。むしろ、心地よい。そう、渚と一緒の空間にいると、心地よい。それだけで理由は充分じゃないか。そうだよ。

 そんなことを考えて、私は浴室を出た。女物の服が置かれてあった。こんな時間に服屋はさすがにあいてないので服は買わなかった。テキトーな部屋着でいい、と渚には伝えたのだが、女物の服を用意されるとは思ってなかった。さすがに下着まではないようだったが……。とりあえず用意されていた服に着替え、渚のいる居間の方へ向かう。

「渚」

「お、上がったか? 服のサイズどう?」

「……サイズは問題ないけど、なんで女物の服があるの? テキトーにTシャツとかでいいって言ったはずだけど……」

「元カノが部屋に置きっぱなしにしてったんだよ。その服、夢乃にやるよ」

「……元カノのモノって言われると、ちょっと嫌だけど」

「そういうもん? 嫌ならまあ、捨ててもいいよ」

「ま、とりあえず今は着るけど、後で捨てるわ」

「そっか、夢乃がそうしたいならいいよ。じゃ、俺もシャワー浴びてくるから、テキトーにテレビでも見て待ってて」

「ん、待ってる」

 渚が浴室へ向かっていった。私はぼんやりとテレビに向き直る。深夜のショッピング番組が流れていた。なんとなく、それを眺める。


「戻ったぞー」

 ガシガシとタオルで髪を拭きながら、渚が居間に戻ってきた。

「おかえり。……この後、する?」

 私はテレビを消して、渚の方を向いて尋ねた。私にも一応、恥じらいというモノがあるので、主語はぼかした。

「夢乃がしたいなら」

 渚の答えはそんなものだった。私は少し考えてから、口を開く。

「今日は気分じゃないかな。泊めてもらっといてなんだけど……。私は渚ともっと話したり一緒にタバコ吸ったりしたい。ってか、ここってタバコはオッケーなの?」

「オッケーだよ。じゃなきゃこの部屋、選ばないって」

「そっか。じゃあ、遠慮なく」

 言って、私はタバコに火をつけた。ライターはコンビニで買ってきていた。渚も買ったばかりのタバコを取り出して、吸い始める。

 二人で一緒に一服する時間が、心地よかった。お互いになにを話すでもなく、ただただタバコの煙をぼんやりと眺める。

「なに話す?」

「ん?」

「夢乃が言ったんじゃん。俺と話したいって」

「言ったっけ? 言ったわ。でもなんか、とりあえず渚と一緒にいたいからそう言っただけで、話したいことってそんなにないかも?」

「そっか」

 それだけ言葉を交わして、少しのあいだ、沈黙が流れた。

「渚はさぁ」

「ん?」

「恋愛遍歴どんな感じ?」

「その服の元カノで、三人目。その服の元カノとは一年くらい続いてたけど、一ヶ月前くらいに別れた。その前は大学、その前は高校生の頃。進路が分かれて自然消滅みたいな? よくあるパターンだよ」

「ふーん……この服の元カノさんとは、どこで出会ったの?」

「職場の同期の紹介」

「へえ……」

「夢乃は?」

「私? 私もそんな大差ないよ。高校でも大学でも、似たようなパターン。大学を卒業してからは出会いがそもそもなくて……って感じ」

「へえ、夢乃、かわいいのに。出会いなんてあったでしょ」

「……私のこと、かわいいって思ってるの?」

「思ってなかったら誘ってないよ。なに、かわいいって言われるの嫌だった?」

「嫌じゃないけど、慣れてないから。こんなヤニカスのどこがかわいいの」

「ヤニカスね……。俺は夢乃のそういう飾らないとこが好きだな」

「そりゃどうも。なんか照れるね。……渚の、直球で言ってくれるとこ、好きだよ」

「嬉しいね」

 タバコの煙越しに、渚の顔を見つめる。

「ねえ、私たち、これから恋人関係ってことでいいをだよね?」

「ん……夢乃はそういうの、ハッキリ言葉にしたいタイプ? オトナの恋愛なんて、暗黙で進んでくこともあると思うけど」

「私は言葉が欲しいな」

「そっか。夢乃がそう言うなら。……俺たち、恋人になろっか」

「うん。……よろしくね、渚」

「こっちこそよろしく、夢乃」

 そう言って微笑む渚の顔が、たまらなく愛おしく感じた。

「……今日はそろそろ寝よっか」

 言いながら、タバコを灰皿に押しつける。

「ん。……寝る場所どうする? 客用の布団はあるけど」

「ベッドで一緒に寝ればいいじゃん、ちょっと狭いかもだけど」

「……じゃ、一緒に寝るか」

 渚は軽くベッドを整えてくれた。私はそこに寝転がる。部屋の電気を消して、渚がすぐ隣に寝転がった。

 お互いの息遣いが、心臓の音が混ざり合うような気がした。

「……おやすみ、夢乃」

「おやすみ、渚」

 言葉を交わして、私たちは眠りに就いた。


 翌朝、目覚めた私は、知らない天井が目の前に広がっているのを一瞬、不思議に思った。そしてすぐに昨夜のことを思い出し、隣でまだ寝息を立てている渚の顔を見た。

 幸せそうな寝顔だと思った。それがとても愛おしかった。

「ふぁ……」

 渚がそんな声を漏らしながら瞳を開けた。ぱちくりと、一つまばたきをする。私の顔を見て、少し驚いたようだった。

「おはよう、渚」

「ああ……おはよう、夢乃。そっか、ああー……」

 渚はそう言って、状況を飲み込んだ、という顔をした。

「……夢乃は今日、仕事はやすみ?」

「うん」

「そっか。俺もやすみ。……色々どうする?」

「とりあえず、今日はまず帰ろうかな。また今度、デートしようよ」

「朝飯くらい食べていけば? 急がないんでしょ?」

「……じゃあ、そうしようかな。渚、料理できるの?」

「……トースト焼くだけでいい?」

「いいよ」

「じゃ、すぐ焼くから、夢乃は待ってて」

「顔でも洗ってくるよ」

 言い残して、私は浴室へ向かった。顔を洗ってから、服装を整えて、居間へ戻った。

 トーストは既に焼き上がって、皿に並べられていた。

「ジャムとマーガリンどっちがいい?」

「両方」

「よくばりだね」

「だめ?」

「いいよ」

 そんな会話をして、ジャムとマーガリンを手渡された。私はそれらを丁寧にトーストに塗って、トーストを頬張る。

「夢乃はおいしそうにごはんを食べる子だね」

 渚がそう言ってふんわりと笑う。

「そうかな? あんまり自覚ないけど……」

「夢乃のそういうとこ、かわいいなって思うよ」

「ありがと」

 少し照れくさいなと思いながら、私は礼を言う。

 トーストを食べ終わって、身支度をして玄関へ向かう。

「最寄り駅まで送ろうか?」

「んー、渚がいいなら」

「いいよ、夢乃ともっと一緒にいたいし」

「じゃあ、最寄り駅までね」

 そうして二人で並んで歩いた。最寄り駅まではあっという間で、大した会話もしなかったけど、渚と一緒にいられる時間が好きだなと改めて思うには、充分だった。

「じゃ、またね」

「またね」

 駅の前で、手を振って別れた。

 自宅に帰る電車に乗りながらも、考えるのは渚のことばかりだった。次はいつ会えるかな。どんな話をしようか。どこに行こうか。なにを食べようか。考えたいことがたくさんあって、電車に乗ってる時間があっという間に感じた。自分の部屋に着いて、まず渚の元カノの服をゴミ袋に詰めた。これは捨てる。そして、渚の記憶からも早く消えてくれたらいい、と思った。


 渚から連絡があったのは、帰宅して落ち着いて少し経った頃合いだった。

「ちゃんと帰宅できた? まあ、そんなに酔ってた風には見えなかったから、そんな心配はいらないと思うけど。今度はいつ会える? 早く会いたいな」

 そんなメッセージを見て、私はなんだかとっても胸が高鳴っていた。

「帰宅して暇してる。私も早く会いたいよ。明日にでも会えない?」

 メッセージを送信して、返事を待つあいだ、落ち着けなくてジタバタとしてしまう。

「明日の何時? 明日もやすみだし、予定はないから何時でもいいよ」

 受信したメッセージを見て、嬉しくてニヤニヤが止まらない。

「私もやすみだし、予定なかったから、じゃあ明日は朝からデートしよっか。朝の十時くらいに、渚の方の最寄り駅の前で集合でどう?」

「いいよ。じゃあ明日、十時ね。楽しみ」

「私も楽しみ! じゃあ、またね」

 そう送った後、渚からは「またね」というスタンプが返ってきて、メッセージのやり取りは一区切りした。

 デートだなんて、久々な響きな気がした。着ていく服はどうしようか、なにをしてなにを話そうか、楽しみでたまらない。楽しみでふわふわとした気持ちでその日は過ごしていた。


 そして、翌日。渚の最寄り駅の前。浮かれすぎて待ち合わせより三十分も前に着いてしまった。さすがにまだ来てないだろうと思いながら周囲を見回すと、ちょうどこちらへ歩いてきていた渚と目が合った。目が合うと、渚はダッシュで近寄ってきた。

「おはよう、夢乃!」

「おはよう、渚。早いね。まだ三十分前だよ?」

「そう言う夢乃こそ、もう来てるじゃん」

「だって、楽しみだったから、居ても立ってもいられなくて……早く来ちゃった」

「俺もだよ」

 そう言いながら笑う渚の顔が、やたらと眩しく見えた。

「……で、今日はどうする?」

「ちょっと街の方へ出て、ショッピングとか……?」

「いいね、じゃ、電車、乗ろっか」

「うん。……あっ、あのさ」

「ん?」

「……手、繋いでいい?」

「……いいよ」

 渚から手を差し出されて、私はその手をそっと掴んだ。手を繋いだまま、電車に乗って、少し賑わっている街の方へ出た。

 歩きながら、色々なモノが目についた。

「なにか買いたいモノとかある?」

「とりあえず服を見たいかな」

「じゃあ、あっちだね」

 渚が指差した方へ歩いていく。いくつかの洋服屋さんがあって、その中へ入る。いくつか見てみて、気になったモノを二つ手に取った。

「渚は、コレとコレなら、どっちがいい?」

「んー……どっちもかわいいけど、夢乃に似合うのはこっちだと思う」

「じゃあこっち買おうかな」

「でも」

「でも?」

「……夢乃があんまりかわいい格好で街中を歩いてたら、他のオトコに見られるのが嫌だから、かわいい服を着て街中を歩かないでほしい」

「なにそれ」

「だって……かわいい夢乃の姿は、俺が独り占めしたい」

「そっか〜……。じゃあ、渚とのお家デートの時に着ればいい?」

「でも、家に来るまでのあいだに他のオトコに見られるだろ」

「それはそうだねぇ」

「……夢乃が着たい服を、着たい時に着ればいいよ。俺が気にし過ぎなのはわかってるから」

「……ありがと。確かにちょっと気にし過ぎだとは思うけど、嬉しいよ。とりあえずコレお会計してくるね」

「あぁ、うん」

 お会計を済ませて、お店を出た。そのまま少し歩いて、近くの喫茶店に入る。

「なに食べる?」

「パンケーキ! ドリンクはメロンソーダ!」

「ん。……じゃあ俺は、パスタと紅茶にする」

 注文した品物はほどなくして運ばれてきた。

「おいしいねぇ」

「おいしいならよかった。こっちのパスタもおいしいよ」

「いいお店だね!」

「そうだな」

 そんなやり取りをしながら、二人ともしっかり食べた。

「この後どうする?」

「その辺テキトーに歩こうか」

「うん!」

 忘れ物がないようしっかり確認してから、お会計をして、喫茶店を出た。少し歩くと、大きめの公園があった。

 池の周りで釣りをする人や、池の上でボートに乗っている人などが見える。

「……私さぁ、こういう池とか、底が見えない水が怖いんだよね」

「わかる! 怖いよな!」

 私の言葉に、渚は力強く頷いた。

「……本当に? こういう感覚、私だけかなって思ってた。ほら、あんなに楽しそうにボートに乗ってる人もいるんだよ?」

「いやいや、俺には絶対に無理。めっちゃ怖い。すっげえわかる」

「……そっかぁ。私だけじゃ、ないんだ。なんかちょっと、安心かも」

「……夢乃がそう思うなら、よかった」

 そう言って、渚は優しい笑みを浮かべてくれた。私は、今すぐ渚を抱きしめたいくらい愛しさがこみ上げてきていたけど、人目があるので自制した。

 それから少し歩いて、自販機で飲み物を買って、ベンチに並んで座った。

「……禁煙って看板があったな」

 タバコの箱を手に握りながら、渚が言った。

「まあ、こんな街中じゃあね。喫煙所、探す?」

「いや、今はいいや。とりあえず。夢乃は?」

「私も今はいいかな。……ちょっと休んだら、渚の家、行っていい?」

「……いいよ」

「じゃ、決まりね」

 ゆっくりと飲み物を飲んでから、立ち上がった。飲み終わったペットボトルを自販機の横のごみ箱に捨てる。そして、渚の家へ向けて移動する。

 少しのあいだ、電車に揺られた。渚の家まで歩くあいだ、くだらない話をたくさんした。

 渚の家に着くと、手洗いうがいや買った荷物の整理などをしてから、二人で並んでベッドに腰掛けた。二人ともほぼ同時に、タバコに火をつける。

 煙を見つめて、しばしぼんやりとしていた。

「……夢乃は」

「ん?」

「夢乃は、俺と一緒にいて楽しいか?」

「んん〜……、楽しいっていうか、心地いいみたいな言い方が合ってるかな?」

「そっか」

「なんでそんなこと聞くの?」

「いや……元カノに、言われたから。一緒にいても退屈だって」

「そんなことないよ」

「……夢乃がそう思うなら、よかった」

 にへら、と笑って見せる渚を、抱きしめたくてたまらなくなった。自然と腕が伸びていた。渚は少し驚いた顔をしていたけど、拒絶はされなかった。私はめいっぱいの愛情を込めて渚を抱きしめる。

「どうしたんだよ、急に」

「……渚のこと、大好きだなぁ〜って思ったから。抱きしめたくなっちゃった」

 抱きしめたまま会話をする。

「……嬉しいよ、ありがとう、夢乃」

「渚が嬉しいなら、よかった」

「俺も、夢乃のこと大好きだよ」

「そっか。……へへ、嬉しいな」

 抱きしめる腕に、チカラを込めた。お互いの体温が混ざり合うような気がした。心臓の音が、うるさい。

「……する?」

 腕をほどいて少し離れて、渚の顔を見つめて聞いた。主語はぼかす。

「……俺はしたいけど、夢乃はしたい? 夢乃がしたくないなら、しないよ」

 渚の言葉は、どこまでも優しかった。

「私もしたいよ。……しよう?」

 言って、私は渚の腕を引っぱった。そのままベッドに倒れ込む。渚の体が私の体に覆いかぶさるような形になった。渚の頬がほんのり赤くなっているように見えた。きっと私も同じ顔をしている。

 二人の体温が、重なった。


〈了〉

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