身代金
「そんな……主人が誘拐されたですって!?」
金村氏の妻は警察からの報せに動揺を隠せず、
手にしていた皿を落とし、破片が床に散らばった。
「奥さん、難しいとは思いますが、どうか落ち着いてください
我々は一刻も早くこの事件を解決するために全力を尽くします」
それは、つい1時間ほど前の出来事だった。
銀行から多額の現金を引き落としたと思われる金村氏が、
黒いバンの中へと引きずり込まれ、連れ去られたとの通報があった。
若くして巨万の富を築き上げた、日本有数の億万長者として有名な金村氏。
彼はテレビなどのメディアに多数出演し、自身のライフスタイルを明かしていた。
護衛はつけず、財布を持たず、現金はズボンのポケットに直接入れているそうだ。
そんな、日本一無防備な男として広く知られていたのだ。
いつかこんな日が来てもおかしくはなかった。
「黒いバンですって……!?」
奥さんは手にしていたティーカップを落とし、破片が床に散らばった。
我々警察のために紅茶を用意してくれていたのだが、
それよりも、彼女には何か心当たりがあるようだ。
「主人の会社で使っている社用車が黒いバンなんです……!」
「そうですか……
貴重な情報提供、ありがとうございます」
いや、それほど大した情報ではない。
世の中には黒いバンなんてたくさん存在する。
それだけで犯人特定に繋がるようなものではない。
だが無駄ではない。
そういう小さな情報の積み重ねが、捜査においては大事なのだ。
「奥さん、自宅に固定電話はありますか?
今回の事件は身代金目的の誘拐とみて、まず間違いないでしょう
それなら犯人は必ず、身代金の要求をしてくるはずです」
「身代金……!?」
奥さんは手にしていた家族写真を落とし、割れたガラス片が飛び散った。
「ええ、なにしろご主人は日本有数の億万長者ですからね……
現状では金銭目的の犯行とみて対応するのが最善策です
なので、お宅の電話に逆探知用の機材を取り付けさせていただきます」
「逆探知って、あの……!?」
奥さんは手にしていた賞状を落とし、割れたガラス片が飛び散った。
無理もない。
逆探知などという単語を、日常生活で使う機会など普通は無いのだ。
刑事ドラマの中でしか聞かないその言葉に、動揺したのだろう。
「ご安心ください
昔の刑事ドラマでは会話を引き延ばすような展開がありましたが、
現代の逆探知技術では、1秒とかからずに場所を特定できますから」
「そんなに早くですか……!?」
奥さんは手にしていたトロフィーを落とし、部品が飛び散った。
「ええ、たとえ非通知に設定していたところで、我々には通用しません
これは余談ですが、警察へのいたずら電話なども速攻でバレるので、
そういう行為はしない方が賢明ですね」
「バレてたんですか……!?」
奥さんは手にしていた電話を落とし、部品が飛び散った。