3 <暴力ウサギ>
暴力団。
昭和というのは2000年代から見れば考えられないほど暴力団が幅を利かせていた時代である。正直なところ暴力団については守備範囲外であるが、確か暴対法ができたのは平成になってからだったはずだ。
そんなこともあり奴らは傍若無人で、中には警察署の目の前にある俺の探偵事務所まで来てわざわざ『みかじめ料』を要求してくるのがいる始末である。
「前に来た人にも言ったけど、うちはそういうの間に合ってるから」
今日は六人のお客さんだが、こうやって幾度となく代わるがわるやってくる奴らに同じことを言うのは何度目だろう。
「その割には俺たちがこうして来てるんのに、なしをつけには来ねえんだな」
「それはそちらさんの責任問題になったらかわいそうだから、まだ向こうには話を通してないだけだ」
時間はともかくとして、こちらに手を出してこないうちは優しく出てはいるが、ここまで邪魔されるとそろそろ考えなければならない時期に来ているのだろうか。
「それはありがたいが、そういうことは俺たち同士が決めることだ。今すぐ呼んでもらおうか」
「仕事の時以外には呼ばないことにしていてな、向こうもそんなに暇じゃないんだ」
「それは大変だな。でもな、うちにみかじめ払うってんならいつでもいつでも若いのが飛んでくるぞ」
今まで来た奴の中ではセールスの上手いなかなか面白い奴であるが、ヤクザなんかに金を渡すぐらいならどぶに捨てた方がマシである。
「そうは言っても、こっちも電話さえすれば日本全国どこでも若いのがすぐに来るからな。それに、ついこの間も仕事関係で包丁と鉄パイプを持ったのに囲まれたときなんかはすぐに叩きのめしてくれたよ。あんたらがその代わりになれるとは思えねえなー」
「だから!とっととそのすぐに来るケツモチを呼べって言ってんだよ!」
「言ったろ、あんたたちじゃあいつらの代わりにはなれない。出直してくるんだな」
まったく、ここまでしつこい奴らである。ならばここでもう一手打ってみるしかないかもしれない。
「とは言っても、こっちもわざわざ向こうの手を煩わせるつもりもないからな」
と言って、俺が万札一枚をヤクザに見せるとそれを受け取ろうと手を伸ばすが、いま一度それを引っ込める。
「言ってはおくが、あんたがこれを受け取るというのであれば、向こうに話を通すしかなくなるぞ」
「それがなんだ」
「他人のシマ荒らすっていうんだから、その重大性はあんたの方がよくわかってるだろう。これのせいであんたや組長が襲われたり、組の事務所に吹っ飛んだりしても俺は知らねえ。と、その前に、いま一度あんたの組と名前を聞いておこうか」
まあそれでも受け取るというのであれば小包爆弾で送り付けやろうかとなどと考えていると、どういうわけか俺の背後から声が上がった。
「そんな奴らにみかじめなんて払ってやることないわ」
さて、俺の背後にあるのは開いている窓があるだけのはずなのだが・・・。
「扉って何のためにあるんだろうな」
「さあ、何のためにあるのかしらね」
一体どういうわけで卯早美刑事は窓から入ってくるのか、そもそもどうしてこんなところにいるのか、まったく動きが読めない相手である。
「な、なんだてめえは」
「ケツモチだか何だか知らないけど、間に合ってるって言っているのが分からないのかしら」
さて、ヤクザという世界に生きているとそれなりに情報を得る機会があるようでヤクザ連中のうち一人が声を上げる。
「あ!こいつ」
「知ってるのか」
「警視庁のデカですよ。暴力ウサギって呼ばれている奴です」
なんでそんなあだ名かついているのかは置いておくとして、警視庁の刑事がなんでこんなところにいるのか甚だ疑問である。
「なんでこんなところにいるんだ?」
「いま警視庁は建て替え中で今はそこの警察署を間借りしてるのよ。それなのに向かいのビルでヤクザが喚いていてうるさくて仕方がないのよ」
・・・窓は空いているが、ここから警察署まで声が届くか?
「デカだからって出しゃばってくんじゃねえ!女は引っ込んでろ!」
「こっちもそんなに暇じゃないなかやってきたのよ、それなりの相手はさせてもらうわ」
さて本格的に喚きだしたヤクザたちであるが、この後その「暴力ウサギ」とやらの謂れを俺はまざまざと見せつけられ、ヤクザたちの方は存分に味わわされることとなった。わずか三十数秒ほどで俺の事務所の床にはコテンパンにされたヤクザが転がり、そこへ猫柳刑事がやってきて転がるヤクザを構わず踏みつけながら俺の前へとやってくる。
「みんな卯早美ちゃんにコテンパンにのされちゃって、でもこれで貸し借りなしなのにゃ」
「ただの警察の仕事だろ」
「ええ、そんなんじゃないわ。私が払ったお金がヤクザに渡されたりするのも気分が悪いのよ」
猫柳刑事の言葉は即座に俺と卯早美刑事に否定され「む~」と少し唸ったかと思うと話題を変える。
「それにしても、話は警察署から卯早美ちゃんの聞こえる範囲で聞かせてもらったけど、よくこれだけのヤクザ相手にハッタリが使えるのにゃ」
「ハッタリじゃなくて実際にみかじめ料払ってるからな」
「え!?どこに払ってるのにゃ」
「まともに相手するだけ無駄よ。さっきの話聞いてれば十分想像はつくわ。日本全国どこでも電話すれば来るのなんて警察ぐらいよ」
その卯早美刑事の言葉に猫柳刑事の興味津々の目は一気に冷たいものへと変わる。
「ええ・・・、そのみかじめ料払ってる先って・・・」
「税務署だな」
「それはただの納税にゃ!」
「というより国民の義務ね」
そう怒鳴ると猫柳刑事は怒ったようにフンスと息を吐く。
「もうこんなやつ放ってさっさと帰るのにゃ。卯早美ちゃんもこんなやつわざわざ助けてやる必要ないのにゃ。さっきから、ずーと卯早美ちゃんのお尻ばっか見てるし、一発顔面に蹴りでも入れてやればいいのにゃ!」
誤解である。俺が卯早美刑事の方を見れば座っている俺の目線が卯早美の腰下に来るだけである。俺だって今回の出来事に別に恩義も何も感じないわけではない。その過程でただ卯早美刑事の方を見ていただけである。
「ただ、今回のお礼として大福ぐらいなら買ってやってもいいかと思ってただけだ」
「あなた、それ私の尻尾見て言ってない」
そりゃあ、誰かさんのウサギの尻尾がそう見えるのだから仕方ない。
というよりこちらの考えていることがバレている。やはり最初から思っていた通り、あの二人のうちネコよりもウサギの方が抜け目のないあまり怒らせない方がいい相手のようである。