表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/35

 2-4<いつかのウサギ>

 「それでその調査報告書を見せてもらうためには、どうしたらいいのかしら?」


 さて猫柳刑事を勢いだけで言い負かせた俺であるが、この卯早美刑事の言葉にはすぐに対応はできなかった。そもそも俺にとってこんなことになったのは初めてなのだ。だから調査報告書をどうするとか決めてはいないし、だからといって自分が犯人だと思っている連中に渡す気もさらさらないのである。


 「ほかに当てがないのなら、その報告書、私が買うわ」


 卯早美刑事はそう言って立ち上がると、俺の探偵机に聖徳太子の一万円札をトランプのごとく扇状に広げる。その数10枚、平均年収100万円もいかない今の時代の10万円である。


 「え、卯早―――」


 何かを言おうとする猫柳刑事を卯早美刑事は手で制止し、俺の探偵机に手をかけて前のめりになってさらに続ける。


 「もしこれでもダメだというのであれば、これでもダメだという理由を聞いておきたいわ」


 なんというか、先ほどまで騒ぐネコとおとなしいウサギといったところだったのだが、まるでそのウサギがオオカミにでもなったかのような威圧感だ。


 それからしばらくして、俺は相手に譲歩してやった感を出すためにしぶしぶ折れたように装いながら卯早美刑事に調査報告書を渡す。もともと宙に浮いた報告書のために無駄に気を張る必要もないし、この意図を読みにくい女刑事と無意味に対立してもこちらの得にはならなそうだからである。



・・・・・



 その後、卯早美刑事は猫柳刑事に母親を自宅まで送らせ、先ほどのソファに戻って俺の調査報告書に目を通す。俺の推理によれば今回の事件は交換殺人だ。あの男はもう一人の男と共謀してお互いの妻を殺し合ったのである。


 今となってはどうしてこのトリックを今まで思い出せなかったのかと思ってしまうが、昨日、薄々保険金目当てではなく妻の死が目的だったのではないかと感じていたところに「妻を殺してほしい人なんていくらでもいる」なんてことを被害者の夫が言ってくれたおかげで何とか思い出せたのである。


 「なるほど、あなたによれば今回の事件の実行犯は別の殺人事件の被害者遺族で、お互いに妻を殺し合っていたということね」


 俺は交換殺人を思い当たってその日の午後にはそれらしい事件を調べ始めたのだが、最近起きた殺人事件で近親者に鉄壁のアリバイがあるという条件で調べたところそれはすぐに分かった。それこそ夫の警察署の目のまえで事故を起こしたというアリバイに対して、もう片方も完璧すぎるアリバイだったからである。


 「一人は妻が殺されたときに警察署前で交通事故を起こして、もう一人は妻が殺されたときにパトカー相手に追突事故を起こしてる。自分の妻が殺されたときのアリバイは完璧だが、相手の妻が殺されたときのアリバイを調べたら・・・おそらくアリバイはないだろうな」


 さて、俺が調査報告書として書いたのはここまでである。俺の仕事はどうすれば被害者の夫に犯行が可能だったのかというストーリーを作るだけであり、実際に証拠を見つけて逮捕をするのは警察である。


 本当のところを言えばこれを被害者の母親に読んでもらい、納得すればそのまま警察に行ってもらう、もしくは週刊誌にでもタレこんでもらうという算段であったが実際は今の状況である。


 「あなたの推理は面白いし、筋は通ってるわ。でもそれだけね、証拠はない」

 「俺の仕事はそこまで請け負っていないからな、あとはそっちの仕事だろう」

 「あんなご立派な文句を窓に書いておいてこの程度とはね。私の買い被りすぎだったかしら」


 どうも、やっぱり読みにくい相手である。ここまで話が早い卯早美刑事であったが、急に回りくどくなったものである。


 「なら警察は二つの事件の関係性に気づいていたのか、と聞きたいが、本題に入ったらどうだ。それを読んだらあとはとっとと帰ればいいだろう」

 「話が早くて助かるわ。あなたにはまどろっこしいことなしに話し合った方が楽かしら」


 そういうと卯早美は再び立ち上がって再び探偵机を挟んで目の前に来る。


 「こちらの捜査に協力してくれると助かるのだけれど」


 一体ただの探偵に何を協力させようというのか、その一言に俺はしばし沈黙し答える。


 「どうして俺なんだ。人ならいくらでもいるだろう」

 「あなたのことが気になるからよ」


 うーん、さらに分からない。


 「別に無理にとは言わないわ、よく考えてからでいい。それこそ銀行強盗の時のように冷静によく考えて。・・・そう言えば、川菱銀行の強盗事件の時に、嫌に冷静で動かない人間の男が一人いたわね」


 その言葉を聞いた瞬間。俺の頭の片隅にあった記憶がまるで昨日のことのように鮮明に思い起こされた。なんとなく思っていたような初めて会ったような気がしない相手、その理由がたったいま分かったのだ。


 「それで、どうするのかしら?」


 先ほどまでよく考えてからでいいと言っていた卯早美は俺の探偵机に白くて丸い尻尾のついた尻で寄りかかってきてそう聞いて来る。背をこちらにしていることもあってその表情は読み取れないが、俺はその提案を受けることにした。


 こちらだってあの時の相手となれば気にならないこともない。それに二度目の人生、前世では考えに考えすぎて何も行動せずに終わったこともあるが、何も考えずに勢いだけで進んでみてもいいだろう。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ