2-2<探偵的捜査>
殺人事件の捜査。それは先入観を捨て、あらゆる可能性を捨てずに犯人へと迫っていく。というのは警察的な捜査だ。
俺の捜査は被害者の夫が保険金目的で妻を殺害した、ということを前提にした捜査である。俺にとって前提となる捜査方針を決めるのは依頼人であり、その依頼人の考える殺人事件のストーリーを事実、答えだとして捜査をしていくのが俺の捜査なのだ。
そのため俺はこの事件の事実を基に、いかにして夫に犯行が可能かということを推測していくこととなる。
まず事実として夫は事件当時警察官の前にいた、これは事実であり夫に殺人を実行することは不可能である。つまり夫が妻を殺害する方法はただ一つ、誰かにやらせたということだ。
こうなると事件解決への手掛かりは実行犯へ支払われる殺人の報酬、つまりは金の動きである。もし殺害前に金の動きがあれば警察が掴んでいるだろう。ならば実行犯への支払いは保険金を受け取った後、これから支払われる可能性が高い。
そしてその金は銀行振り込みなど記録に残すことなどせず必ず現金で受け渡すはずである。そのうえ実行犯だって殺人なんて仕事をさせられていつまでもその報酬の支払いを待っている余裕はないだろう、ならば妻の死亡保険金を受け取ってからすぐに夫に動きがあると考えるのが普通だ。
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依頼の翌日、被害者の母親から男に保険金が支払われたとの連絡を受けた。現状、夫が犯人だと言っているのは被害者の母親だけであり、警察がアリバイを証言する今の状況では保険会社も支払いを渋ることはない。
そのため俺はその連絡を受けたすぐ後から男の自宅へと向かいその動向を監視することとした。だが、その成果は調査5日目となっても何もなかった。いやむしろ保険金が実行犯への報酬として支払われることは確実になくなった。
この5日で男は保険金のほとんどを自宅のローン返済、スーパーカーの購入、パチンコに風俗にとつぎ込んだ。殺人事件の被害者遺族とは思えない生活だが、もはや実行犯に報酬として払えるだけの保険金は残されていない。こうなればこれ以上の監視は無意味であり、別の可能性を考えなければならない。
翌日の調査6日目。俺は自分の事務所の中でソファに腰を掛けて前世で蓄えた知識を一つ一つ振り返っていた。普通に考えればすぐに金をやり取りしてその関係を清算するのが殺人の実行犯と依頼主の関係だ。しかし今のところ金を得たのはアリバイの確実な夫だけ・・・。まさか金以外の方法で妻の殺害を依頼できるはずもない。
・・・残念ながら考えてもこれ以上は難癖をつけられない。こうなったら趣向を変えた調査に移行するだけである。
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「こんにちは」
「はい?」
調査最終日である7日目の朝、俺は出かけようとする男に声をかけて名刺を渡す。
「わたくし、湊探偵事務所の湊と申します」
「探偵ねぇ、お義母さんの依頼ですか?」
「依頼人につきましてはこちらにも立場がありますので・・・。率直に申し上げますと、あなたが保険金目的で奥様を殺したのではないかと疑っている人がいるんですよ」
俺の言葉男は大きなため息をつく。
「あいつが殺されたとき、俺は事故を起こして警官と一緒にいたんだよ。警官の目の前で人殺しなんてやってたらその時点で捕まってるよ」
「ええ、分かります。ですのでそのお話だけでもお聞かせ願えませんか。私の仕事はあなたが奥様を殺していないということを証明できればそれでいいんですよ。それだけで私の仕事は終わります」
証明できればそれでいい。だが、逆に証明できなければ俺の仕事は終わらない、つまりは今後も俺がお前の目の前に現れるぞと暗に含ませて言う。それに、俺の存在は向こうにとっても都合がいいはずである。
その後、俺はアリバイとして事故前の用事、事故の詳細、事故から妻の殺害を知るまでのほか兄弟の存在などを質問し、最後の質問をぶつける。
「最後に、一応聞きますけど、どなたかに保険金で支払うから奥様を殺してくれなんて依頼してはいませんよね」
「ははは、それはありませんよ。それに保険金なら私がほとんど使って残っていませんよ」
わざと保険金のことをとぼけて聞いてみるとこちらの思っている以上に調子に乗ってくれる。
「確かに妻との関係は冷え切っていましたが、そこまではしません。まあ殺してくれた犯人には感謝していますが」
「そうですか、そこまで言うほど奥様との関係は・・・。まあ商売敵に恋敵だの『男には7人の敵がいる』とも言いますからね、そのうちの一人が奥様だったということで」
「そうなりますかね、まあ私みたいに妻を殺してほしい人なんていくらでもいるでしょう、ははは」
こうして妻を殺された男は意気揚々と上機嫌に去っていった。
それにしても痒いところに手が届くように最後の最後に面白い話を聞いたものである。