2-1<警察の捜査に不満なら>
東京のとある警察署の向かいにある雑居ビルの二階。そこには次の言葉とともに俺の探偵事務所がある。
―――警察の捜査に不満なら、湊探偵事務所―――
傍から見れば窓に書かれている売り文句だけは立派だが、別に俺は元刑事ではないし、探偵事務所の手駒となる部下がたくさんいるわけでもないし、別に独自の情報源があるわけでもない。強いて言うならば前世の、それも異世界の記憶があるというだけのただの探偵である。
人間、死ぬときは案外簡単に死ぬものだ。だったら二度目の人生ただ平凡に生きていくだけではつまらない。前世の俺は推理モノの小説や漫画を読むのが好きで、過去の事件に関する情報をネットで集めるのも同じぐらい好きな趣味だった。そんなわけで二度目の人生、俺は気の向くままにやりたいことだけをやって生きていくことにしたのだ。
おまけに二度目の人生とは言えこの異世界は面白い。
元の世界の日本とは似て非なる日本。敗戦国とはなりつつもまったく違う戦後を歩み、獣人という見た目は普通の人間とは変わらないにも関わらず、コスプレのように尻尾や獣耳を持つ者たちさえいるのだ。こんなバラエティ豊かな面白異世界で平凡な一市民として会社と家の往復だけで生きていくなんて御免だ。
そんなわけで、俺は今日も自由気ままに探偵として生きているのである。
・・・・・
そして今日、珍しく俺のもとに依頼人がやってきた。娘が結婚相手の男に殺されたと言い張る母親だ。
「それではお願いします。どうかあの男が犯人だという証拠を見つけてください」
「ええ、明日から調査をします。それではまた、8日後に」
さて警察署で何があったのか、ずいぶんと興奮した様子でこの事務所に来た母親を何とか鎮めて返した俺は前払いの依頼料と契約書を金庫へとしまう。
この探偵事務所では二通りの調査方法、というより料金プランがある。
一つは浮気調査や素行調査のように特定の人物を一週間単位で調査をするプラン。
もう一つはある出来事、例えば殺人事件などの犯人を捜すのに一週間で関係者を洗い出し、二週間目からピックアップした容疑者を調査していくという二段階で調査をするプランである。
両方とも初週の基本料金と週を重ねるごとに加算される基本料金は同じであとは調査次第の料金設定である。
そして今回は殺人事件ではあるが母親が犯人だと言い張る一人の男を調査するという前者のプランだ。母親によれば警察は男にはアリバイがあると言っているが、絶対にその男が娘を殺した犯人だというのだ。
調査方針としては男の調査と警察の調査は問題ないかということを要点にして報告書を出せばいいだろう。最悪警察の捜査と同じ内容で母親が納得しなかったとしてもそれはそれである。
・・・・・
方針が決まればさっそく調査である。俺は事務所の端にある新聞の山から事件翌日の新聞を引っ張り出して記事を探す。
事件は一週間前、夜の公園で起こった。一人の女性が刃物で刺殺されて財布を奪われたのである。娘の母親によればこれは娘の夫が保険金目的で殺したに違いないということだが、その夫には『完璧な』アリバイがあるというのだ。
それは事件が発生した時間、夫は交番の目の前で事故を起こしていたのだ。そのため捜査をする警察自身がアリバイの証人となることとなり、いま警察は通り魔的な犯行として捜査をしているのだという。
・・・実に俺好みの面白い事件である。妻が殺された時に夫は事故を起こすという一つの家庭に二つの不幸が同時に起こるというのはあまりに出来すぎている。事実をまったく無視して希望だけを述べるならば、夫が犯人であるという点については俺も依頼人と同意見である。というよりそうであって欲しい、その方が面白いし・・・。
だが、俺は探偵だ。自分なりに真実を無理のない程度に追い求め、それを報告するのが俺の仕事である。最終的に犯人は警察が捕まえればいいし、別に捕まらなくても俺には関係のないことだ。そんなわけで俺としては『探偵的に』この事件を調査・推理していくだけである。