1 <空飛ぶウサギ>
はじめに
この作品はミステリーやサスペンスではなく、あくまで「転生モノ」として書いております。どうかその点をご承知の上お読みいただければ幸いです。
俺がその美しく凛々しい白ウサギの獣人を見たのは、ある金曜日の午後2時55分、川菱銀行でのことだった。
その日、銀行へと入ってきた黒い服に黒い帽子、白いマスクをした男はゴルフバックから猟銃を取り出すといきなり天井へと向かって猟銃を発砲した。
ダーン!
その音は行内にいる全員の注目を一気に集め、ある者は悲鳴を上げ、ある者は出入口へと走り出す。そして俺はというと記載台の前に立ったまま、ただ黙って男のことを見ていたのである。
「黙れ!全員動くな!」
ダーン!
天井へ向けて二発目の発砲。猟銃は連装式であり、男は今まさに弾を込めている。だが、いま俺がその隙を突いて外に出るには出入口から遠すぎる。それこそあの男が弾を込め終わった時、俺は弾を込め終わったばかりの猟銃を持つ男の目の前にいることになるだろう。
こうして俺は自分でも嫌になるぐらい冷静に今の状況を分析して動かないでいた。すると・・・。
ヒュッ!
小さな風切り音とともに俺の視界に入り込んできたボールペンは、猟銃男を見る俺の後ろから勢いよく飛んできて男の手へとぶつかった。
「ぐぁ!」
いきなりの出来事に男は思わずうめき声をあげて猟銃の弾をバラバラと音を立てて床に落とし、一方の俺は反射的にその物体が飛んできた方向を見る。
何のことはない、ただ・・・ウサギが記載台を踏みしめて俺の真上を飛び越えていっただけである。
彼女はこの世界で人間とともに普通に暮らすウサギの獣人である。そして、そんな彼女は俺の真上を飛び越えると、まるで矢のように男めがけて飛んでその顔面へと強烈な膝蹴りを食らわせた。さすが獣人の身体能力といったところだろう。
しかし獣人の中でもおとなしいとされ、真っ白なウサギの耳と長い髪、美しく凛々しい姿をしたウサギの獣人である彼女がそれだけのことをしでかしたというのは、いま目の前にしていたにも関わらずあまりにも信じられない出来事であった。
・・・・・
その後、数分もしないうちに何十人もの警察官が行内へとなだれ込み、すでにあの一撃によって気を失っていた男はそのまま警察に逮捕された。
これがあの日、俺が見た川菱銀行強盗未遂事件の一部始終である。