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帰還

 この日、イーステル領内は海峡の向こう側の事とは言え、本土に程近い場所でアステリア軍の襲撃があったこと、それを撃破した事がニュースで放送された。

 

 その放送を会議室の半透明の量子ディスプレイで眺めながら、ユーマの所属する基地の司令官は帰投したユーマやヒノカ、同伴していたオペレーターから提出された報告書をタブレット端末で確認していた。


「候補生が単機でアステリアのサイクロプスを3機撃破か、ユーマ・カザギリ君はそんなに優秀だったかね?」

 

「いえ、候補生の中では目立たない成績でした。良くも悪くも平凡な若者でしたよ」


「ふむ、能ある鷹は爪を隠すとは言うが、それにしても実機演習は今回が初めてだった。実戦で力を発揮するクチだったか、それとも天才的な才能があったのか。今彼はどうしている?」


 会議室に司令官以下、各部署の責任者が集まるなか、報告書のデータを提出しに来ていたユーマ達のオペレーターの女性は手元のタブレットを操作して司令官と各部署の責任者達に再びデータを送った。


「ユーマ・カザギリ候補生は現在医務室で身体検査中です、こちらはそのリアルタイムのデータなのですが」


「頭部の外傷が心配だな。だがまあ命に関わる事は無さそうだ、良かったよ生き残った貴重な候補生が五体満足で」


「脳波の乱れが気になります、何かとても混乱している様子でしたし」


「そりゃあ初の実機演習で敵に襲われて親しかった教官や同期が何人も死んだんだ。混乱もするさ。しかしその敵全てを一人で撃破か。まるでベテランライダーだな。どんな訓練をすればこうなる?」


「教練過程は通常のものを適応しておりました。彼だけ特別扱いをしていた記録はありません」


 オペレーターの報告に司令官は腕を組んで唸った。

 本来この報告を聞くまでもなく、この基地に配属されていたライダー候補生の経歴は全て司令官の目と耳に入っている。


 ユーマ・カザギリは平凡な少年。

 

 司令官が配属当初のユーマに抱いた印象だ。


「カザギリ候補生と話がしたい。検査が終わり次第呼んでくれ。あと、殉職した教官と候補生3人の葬儀は明朝行うよう関係部署への連絡を頼む」


「かしこまりました」


 司令官の言葉にオペレーターは敬礼して会議室を後にした。

 そのオペレーターの去った会議室で、再びこの度の襲撃に関する報告が続行される。


「整備課からよろしいでしょうか」


「頼む」


「カザギリ候補生が撃破した3機を現在回収班が――」


 大人達が会議に夢中になっている頃のユーマはと言うと。

 医師から問診を受けたり、銃の形をした小型のCTスキャナーにて検査を受けた後、なんとなく友人との思い出のある相部屋に戻りづらくなり、休憩所の自販機で缶コーヒーを買って、基地の屋上へと来ていた。


 転生した世界でまさか本物のCFに乗る事になるなんてなあ。


 ぼんやりした頭でそんな事を考えながらユーマはボーッと遠くを見ていた。しかしそれは桜悠馬としての思考だ。


 仲の良かった友人が死んで悲しい気持ちはもちろんある。

 乗りたかった本物のCFに乗れた高揚感もあった。

 初めての実戦、初めての殺し合い、それに伴う恐怖感。当たり前の様に感じなければならないそんな感情。これがユーマには無かった。


 生前。ゲームの世界とはいえ、VRの世界だったとはいえ、数千、数万試合とこなしたからだろうか。


 ユーマは考えながら嫌いだった筈の苦い缶コーヒーを口に運ぶ。

 

「俺が……殺したんだなあ」


 申し訳無さなど微塵もない。

 奪った命は世話になっていた教官と同期の友人4人を殺した敵だったのだから。


 今のユーマの思考は取り戻した前世の記憶からくる倫理観と、この世界で生きた十数年の記憶にある常識との間でせめぎ合っていた。


「あの、ユーマ・カザギリ候補生。いま良い、でしょうか」


「マシロ候補生。どうした、何か用か?」


 知っている筈なのに知らないような気がする空を見上げていると、不意に屋上の出入り口から知っている声が聞えて、ユーマは振り返らずに応えた。


「今日は助けてくれてありがとう、ございました。貴方がいなければ私は今頃――」


「別に、気にするな。出来るからやっただけだから……っていうかなんで敬語使ってんだよ。何時もの不遜な物言いはどうした優等生」


 ユーマはヒノカを見ない。

 後ろめたい何かがあるわけでもないが、それでもユーマはマシロに振り返る事が出来ずにいた。


「私は今日まで他の誰よりもフレームライダーになるために努力してきました、寝る間も惜しんで勉強して、休暇も返上してシミュレーターで訓練もしました。でも、実戦では何も出来なかった」


「初の実機訓練中の奇襲だ。何も出来ないのが普通だろ」


「でも貴方は!」


「うるせえな優等生。人殺しを称えようとするな」


「わ、私はそんなつもりじゃ――」


「いや悪い、言い過ぎた。でも今は一人にしてくれないか」

 

 ヒノカの声に震えを感じ、言葉を濁す。

 そんなおり、軍服の胸ポケットに入れていたイヤーカフス型の通信機が音を鳴らした。


 相手はオペレーターだった。

 

「はいこちらユーマ・ガザギリ……司令官が俺に……分かりました向かいます」


 通話を切り、振り返るユーマ。

 この時ユーマは初めてヒノカの顔を見た。

 悲しそうな顔をしていた。


「あなたは本当にユーマ・カザギリなの?」


「……さあ、どうなんだろうな」

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