カナタが帰った後で
姉を見送ったヒノカが基地に戻る為に歩いていると、昨日の朝ユーマと一緒に座ったベンチの横を通り掛かった。
そこにユーマが座っているのが見えたので、ヒノカは姉から言われた言葉のせいで変に意識してしまい顔を赤くする。
それでも近付いて行ったのは姉へのちょっとした対抗心からかも知れない。
「カナタさんは行ったか」
「ええ」
自販機でカフェオレを買いながらユーマの問いに答えるヒノカ。
やや不機嫌なのは姉と離れ離れになってしまった寂しさと、その姉にユーマと仲良くするように言われた恥ずかしさからくるなんとも形容し難い複雑な感情からだった。
「あの、カザギリ。今日の訓練だけど、私とも戦ってくれないかしら」
「……ああ、良いよ。
じゃあマシロがそれを飲み終わったらシミュレータールームに行こう」
ユーマは手に持っていた缶コーヒーを飲み干すと空き缶をゴミ箱に投げながら言ったが、外してしまい空き缶は地面に落ちてしまう。
それを拾ってゴミ箱に入れるユーマの横顔はどこか嬉しそうだ。
「ねえカザギリ」
「なんだ?」
沈黙がいたたまれなくなってしまったヒノカが口を開く。
しかし、特に話題を決めていた訳でもない。
異性との共通の話題など真面目一辺倒のヒノカが持っているわけもない。
故にヒノカから出る話題など軍事やCFの話題しかなかった。
「カザギリはライダーにとって大事な物は何だと思う?」
おおよそ“仲良くなる”為には程遠い話題に、その言葉を口にしたヒノカでさえ「何言ってるの私は」と自問してしまうが、ユーマはその問いに答えるために腕を組み、手を顎にあてて真剣に考え始める。
その仕草か、あるいは考え込む表情がヒノカの“ツボ”だったのか、ヒノカはユーマを見て赤面した。
「ライダーにとって大事な物、か。
体力や知識はもちろんセンスなんかももちろん必要だ……でもそうだな、コレは俺の持論でしかないが、ライダーにとって大事な物、必要な物は運だと思う」
「運?」
「あくまで持論だ、戯言だと思って聞いてくれ。
例えばさっきの俺とカナタさんの模擬戦を例にするとだな――」
甘いカフェオレを飲み干したヒノカが空き缶を捨て、二人はシミュレータールーム目指して歩き始める。
「最初の射撃なんかもそうだな。
あの時俺は機体を屈ませて射撃を回避したが、もしカナタさんがもう少し下を狙っていたら弾丸は俺の機体の頭部に直撃していたかも知れない。
様々な条件下で戦闘する俺達ライダーにとって運は必要だ、被弾した時なんかもそうさ。
数発銃弾が直撃しても機体が動く時もあれば。
脇腹に一発だけ弾丸を食らって内部機構が破損、油圧系統に引火して爆散。
宇宙の星屑に仲間入りする事だってある」
「……宇宙用のCFなんて無いわよ?」
「……例えば、例えばの話しだから」
話しているうちに二人はシミュレータールームにたどり着いていた。
自動扉が開き、中に足を踏み入れるが、そこで二人は大変な光景を見る事になってしまった。
「う、うぅ気持ち悪い」
「吐きそう」
先輩である基地所属のライダー達が青ざめた顔で地面に複数人倒れていた。
「先輩方!?どうされました?!」
「お、おうカザギリ候補生か。どうされましたも何も。
お前と撃墜女王の戦いをリプレイで体験してたんだよ。
どういう動体視力してんのお前とマシロさん。
良くあんなに視界がグルグル回るなか戦えるな」
「……カザギリと姉様の戦い」
先輩ライダーを介抱するユーマの横を通り抜け、意を決した様にヒノカがシミュレーターに向かって行く。
それをユーマは「あっおい待てマシロ!」と止めるが、ヒノカはお構い無しにシミュレーターに入っていってしまった。
「あの馬鹿、先輩達でコレなのに」
「不甲斐ねえ」
「ああいや、先輩達を悪く言ったわけじゃ」
しばらく経ち、シミュレーターからよろよろよたよた出てきたヒノカの顔面は蒼白だった。
「大丈夫かマシロ」
「だ、大丈夫……ではないわ、ごめんなさい手を貸してくれないかしら」
「手と言わず肩貸してやるよ、ほら掴まれ」
ヒノカに肩を貸して壁際の椅子に連れて行き座らせる。
多分こうなるだろうと思って買いに行った水を渡して、ユーマもヒノカの隣に座った。
先輩方は先輩方でユーマとカナタの戦いに触発されたようで、この日のシミュレーターの使用予約はヒノカが休んでいる間に夜まで一杯になってしまう。
「ごめんなさいカザギリ、私のせいで」
「シミュレーターなら朝思う存分使ったから良いよ。
今日の訓練は休みにしよう、部屋まで送るよ立てる?」
「まだ、ちょっと無理そう」
「そうか、なら休んでな」
「ありがとう、そうさせて貰うわ」
気分が悪いヒノカは頭をユーマの肩に預けて目を閉じる。
この時の事を寝る前に思い出して悶絶するとも知らずに。




