ヒノカとカナタ
ユーマがシャワーを浴びながら体と一緒にシミュレーターでの模擬戦の反省点を洗っている頃。
ヒノカはというと、姉のカナタを見送りにカナタの部屋を訪れていた。
カナタもシャワーを浴びていたので今は下着姿で長い髪をヒノカに乾かしてもらっている。
「私達の戦いはどうだったかしら、参考になった?」
「あの……いえ、正直二人の戦いは次元が違い過ぎて今の私では――」
「そう、なら良かったわ」
「良かった?」
ドライヤーと櫛でカナタの髪を乾かしながら梳かしていたヒノカの手が止まる。
カナタの言葉にヒノカは頭の中に疑問符でも浮かべているのか、目を丸くして首を傾げた。
その様子を鏡越しに見てカナタは微笑む。
「ヒノカの言った通り、私とあの子の戦いは今の貴女には参考にならないわ。
それを貴方はちゃんと理解している、今はそれで充分よ、今はね」
「……私では間違いなく姉様の最初の射撃で負けていたと思います。
ビル越しからの射撃なんて警告も出ない筈なのに、ユーマは一体どうやって姉様の射撃を察知したのでしょうか」
「その答えはCFが無人機にならない理由の1つでもあるわね」
「CFが無人機にならない理由?」
聞き返してくるヒノカに「髪ありがとうね」と言いながらカナタは軍服に着替えつつ、意地悪な笑みをヒノカに向けた。
「分からないかしら?」
「申し訳ありません姉様、私の様な未熟者では」
「こらこら自分を卑下しないの。
……教えてあげるわ。答えは『勘』よ。
無人機、AIには無くて人間に有る物の1つ。
コレはAIも予測演算から似たような現象は起こせるけれど、人間の勘というのはそれすら超えるの」
「人間がAIの演算速度を超える事なんて可能なんでしょうか」
「AIの予測演算は同じ状況、状態を繰り返して学習してやっと導き出される物。
対して人間の勘というものは経験によって確度の優劣はあるけれど、AIと違って予め備わっているからね。
戦場は生き物って言うでしょ?AIが勝る部分は多いけど、やっぱり勘を働かせて、臨機応変、柔軟に対応出来る方が良いの。
最後に私が使った格闘術はAIには出来ない芸当でしょう?」
着替えを終え、荷物の確認をしながらカナタは妹に話す。
そのカナタの言葉にヒノカは「はい」と応えながら赤べこのように頷いていた。
「改めて姉様の強さ、操作技術には感服しました、カザギリも凄かったですけど、やはり姉様には――」
部屋を出て、荷物を入れたキャリーバッグをカナタは待っていた部下に渡し「すまない、ありがとう」と伝えると部下を先に行かせ、自分はゆっくりヒノカと並んで輸送機の待つ滑走路へと向かう。
「ヒノカ、忘れてはいけないわ。
ヒヒイロカネは本来私用のワンオフ機、それをたった数分で乗りこなし、経験で遥かに勝る私をあそこまで追い込んだあの子の強さ。
アレは私から見ても、化け物よ」
「そんなに、ですか」
「ええ、だからお願いヒノカ。
戦場に出たらあの子の側を離れないで。
あの子の近くは安全だから」
「……私はカザギリのバディですから」
「そう。じゃあ公私共に、あの子と仲良くね」
「はい……公私共に?」
「強い男には唾付けときなさいって話よ、じゃあねヒノカ。
また会いましょ」
「わ、私はカザギリとはそんなつもりは――!」
輸送機の昇降用階段の手前でカナタにハグされながら言われた言葉に、ヒノカは顔を真っ赤にしてカナタから離れる。
その様子にカナタはイタズラな笑みを満足そうに浮かべ、ヒノカに手を振りながら輸送機内へと足を踏み入れた。
からかわれてヒノカはご立腹だったが、それでも姉の姿が見えなくなると寂しそうに輸送機に背を向けて離れた。
そして離陸時間になり、滑走路から輸送機が離陸するまで離れた位置で姉の乗る輸送機を眺めていたのだった。




