再会
撃墜女王カナタ・マシロの来訪に、にわかに湧き立つ基地の敷地でユーマとヒノカはカナタの来訪を知らないままトレーニングウェアを身に纏い、基地の外周、フェンスの内側を走っていた。
ゲームと違い現実のCFでの戦闘は身体に様々な負担が掛かる。
思い出した記憶の中にあるCFの動きを再現するのは、恐らく今の身体能力では不可能だと考えた結果だ。
シミュレーターでは再現出来るだろうが、実機ではそうもいかない。
身体に掛かる負荷に耐える事が出来るようにしたい。
その一心でユーマは走り、筋力トレーニングにいそしんでは対G訓練に挑んだ。
ヒノカもユーマに負けじと続くが、対G訓練の後、再び走り始めたユーマを見てヒノカの心はポキリと音をたてて折れた。
「待って、カザギリ、私もう」
「ああ、すまないマシロ、休憩しよう」
昼食後から考えて約4時間ぶりの休憩である。
近くの自販機まで歩き、その近くに設置されたベンチに座り込んだヒノカにユーマはスポーツドリンクを買って、投げ渡した。
「あ、ありがとう」
「お詫びだ、バディを組んでの訓練なのに自分の事しか考えて無かった」
「私も強くなりたいもの、それは構わないわ」
「すまない」
「もう!すぐそうやって謝る!……そういうところは配属された時と変わらないのね」
ヒノカに言われてユーマは思い返す。
確かに自分は何かにつけヒノカに限らず、同期生達に謝っていた。
劣等感の現れだったのかも知れない。
「確かに、謝り過ぎだったかもなあ」
自嘲気味に苦笑しながらヒノカと少し距離を開けて座ると、買ったスポーツドリンクの蓋を開けて口に運んだ。
「ねえカザギリ、貴方はどうして――」
ヒノカがユーマに何かを聞こうとした時だった。
距離は少し離れているが、休憩している二人の前を、イーステルで最高撃墜数を誇るフレームライダーに贈られる勲章を裾の長い紺色の軍服に付けた女性が通りがかった。
腰まで伸びた長い白髪、紅い瞳。
その女性を知らない人間等、イーステルにはいない程の有名人。
その人物がヒノカの目にとまった。
「姉様!?」
「ああヒノカ!こんな所にいたのか、探したのよ全く」
最前線の基地に配属されているはずの実の姉、カナタの姿に驚き、声をあげたヒノカに気付いたカナタは早足でヒノカに近付きヒノカを抱きしめた。
「すみません姉様お手数おかけしてしまって。
……いや、そうじゃなくて、カナタ姉様が何故この基地に――」
「休暇で本国に帰るついでに寄ったのよ。
先日襲撃に遭ったって聞いたから心配したのよ」
ヒノカを抱きしめたまま頭を撫でるカナタ。
どうやら仲は良いようだ。
だが、その仲睦まじい様子をユーマは訝しんでいた。
ゲームのカナタはこんなに表情豊かだったか?
彼女はもっとなんというかクールビューティーで表情を出さなかった印象だったが。
「彼に助けてもらいました。
彼、ユーマ・カザギリ候補生がいなければ私も――」
考えていると話を振られたので、ユーマは大先輩に挨拶しないわけにもいかず、立ち上がって敬礼した。
「ヒノカ・マシロ候補生の同期でユーマ・カザギリと申します。
お目にかかれて光栄です撃墜女王カナタ・マシロ殿」
「ユーマ、ユーマ・カザギリ。
君の事は報告書で読んだよ、次代のエースライダー君。
ちょっと話がしたい。
ヒノカ、積もる話は後でしよう席を外してくれるかしら?」
「え、あ、はい分かりました」
敬愛する姉に言われては仕方無いと、ヒノカは「自室にいます」とだけ言い残してその場を去った。
困ったのはユーマだ。
超の付く有名人と二人きりなのだから仕方無いと言えば仕方無い。
「さて、何から聞いたものかな……単刀直入に聞こうユーマ君。
ヴァレルロードというプレイヤーネームを知ってるかしら?」
「その名前をどこで!?」
知らない訳がない、ユーマにとって、いや櫻悠馬にとってヴァレルロードという名は忘れる事が出来ない、出来るわけがない名前だった。
前世の世界で没頭していたゲームで同じチームに所属し、世界大会で最強を決める為に袂を分かった。
そして死んだ当日には敵同士として、世界大会を戦った最強のライバル、そのプレイヤーネームがヴァレルロードだった。
「は、ハハ、ハハハ!そうか知ってるか!
僕がそうだよ櫻、僕がヴァレルロード、リントだ」
「嘘、じゃないのか!え、なんでだヴァレル!なんでお前がカナタ・マシロに」
「君が暴漢に襲われて死んでしまった後、僕は流行病に侵されて死んだんだ。
で、気が付いたらこの世界にいた。
記憶を取り戻したのは随分前だよ、結婚して子供もいるんだ、見る?」
ニコッと笑いながら通信端末を取り出して、写真をユーマに見せるカナタ。
そんなカナタにユーマは困惑していた。
「まあ、混乱するよねえ。
でも良かったよ君がこの世界に生まれ変わってくれて。
なあユーマ、ユーマ・カザギリ候補生」
「あ、はい」
「一緒に歴史を変えてくれないか?
イーステルを護ってくれないか?
頼む、私一人ではいつかアステリアの物量に押し潰される。
頼む悠馬、僕の愛するイーステルを助けてくれ」
ユーマの答えは決まっていた。
例えカナタ・マシロ、かつての親友でありライバルだったヴァレルロードの生まれ変わりである彼女に願われなくても、ユーマはイーステルに尽くすつもりだったのだから。
「もちろん俺も協力する、前線で待っててくれカナ、ヴァレ……うーん、なんて呼ぼう」
「カナタで良いわよユーマ」
「前世で男だった時のお前を知ってるから違和感しかないな」
冗談を交えながら、ユーマとカナタは握手を交わす。
傍から見ればユーマが有名人に握手をしてもらっているように見えただろう。




