プロローグ
『さあ! 長かった世界大会も遂に決勝戦の佳境! 軍配が上がるのはどちらのチームか!』
この日、世界でロボットを操る類のFPS、一人称のロボット物のゲームで1番の人気を誇るVRゲームの世界大会決勝が開発元、運営会社の本社があるアメリカで行われていた。
10メートルに満たない人型兵器、CFを操り戦うこのゲームは、難易度の高い操作性とリアル過ぎる物理演算から一般ユーザーにはクソゲーと言われていたが、世界中のロボット好きなゲーマーには愛され、そして今日、最高の盛り上がりを見せている。
「下がれユーマ! 一旦退け!」
「っち! 仕留めきれないか、流石だ」
決勝戦で鎬を削るのは日本代表チームと開発元であるアメリカの代表チーム。
コックピットを模した専用筐体に乗り込み、操縦桿型のデバイスを操り、両チームほぼ互角の戦いを繰り広げている。
「ユーマさん行ってくれ! 最後はリーダーが!」
「おうよ! 任せろ!」
被弾し、撃墜判定を受けた仲間との通信が切れ、日本チームもアメリカチームも残すところ最後の一機、リーダー対決となった。
両機体、片腕はもげ、頭部は損傷し、HPゲージも残すところ両者一撃分といったところだが、二機は対峙する橋の上、向かい合うとお互いに向かって加速を掛けた。
「今日は僕が勝つよユーマ!」
「ぬかせ。この“世界”で最強は……俺だ!」
アメリカチームに所属する、元チームメイトとの激突だ。
激しい攻防の最中、お互いに構えたライフルの引き金を、すれ違い様に引く。
長い闘いが終わった。軍配は、日本代表チームに上がった。
勝利の余韻に浸りながらの表彰式。
お互いの健闘を称え合いながらの祝勝会。
「明後日には帰国かあ。楽しかったなあ」
そんな事をぼやきながら日本代表チームのリーダー。櫻悠馬はホテルまでの帰路を「歩きたい気分なんだ」とチームメンバーに言い残し星空の下を歩いていたところだった。
これが、櫻悠馬の命運を分けた。
「何が世界最強のフレームライダーだ! テメェのせいで有り金がパァだクソ野郎!」
信号待ちをしていた悠馬の耳に届いた怒号。
英語を日常で使える程に勉強をしていた訳ではなかった悠馬だったが、聞き慣れた“フレームライダー”という、ゲームにおけるパイロットと同じ意味を持つ単語に振り返った。
その瞬間、乾いた発砲音に続いて胸に数回、強烈な熱と痛みが発生する。
直後、先程まで祝勝会で晩餐を楽しみ、舌鼓を打っていた悠馬の口の中に血の味が滲んだ。
道路に倒れ伏し、霞む視界の先に悠馬は怒りの形相に顔を歪ませ、銃をこちらに向ける金髪碧眼の男の姿を見た。
その男に悠馬は見覚えが無かった。
ただ、何となく自分が逆恨みで撃たれたというのは理解出来た。
そんな前世の記憶を、敵国のCFに襲われ、コックピットで頭を激しくぶつけた影響か、若き候補生、ユーマ・カザギリは思い出していた。
「ああ、そうだ。そうだったな」
「死に損ないが、今楽にしてやるよ」
ユーマの耳に聞こえてきた知らない声。
その声に応える事なく、ユーマは自分の状況を整理していた。
機体は仰向けに倒れているが、あのゲームとほぼ同じコックピットに座っているというのは見回して理解は出来た。
モニターに映し出されているのが敵国の機動兵器、CFだというのも理解出来る。
遠巻きに見ると太ったアメフト選手の様な丸みを帯びた機体が、ライフルの銃口をコックピットに押し当てユーマの訓練機を見下ろしていた。
ユーマは自分がおかれている状況を記憶を辿って理解する。
今日はユーマとその同期生達の初めての実機訓練の日だった。
「頭が痛いのはお前らのせいか――」
ユーマの視界、モニターの隅に仲間の訓練機が破壊され、墓標のように横たわっているのが見えた。
それは長らく訓練を共にしてきたユーマの親友とも呼べる友人が乗っていた機体だった。
「仲間が死んだのも……お前らがやったなあ!」
ユーマは叫ぶと、痛む頭もお構い無しに操縦桿を握って力一杯押し出し、両足のペダルに足を掛け、思いきり引く。
その操作に追従し、持ち上がった両脚が敵を蹴る。続いて両腕で倒立させるように起き上がらせながら、自分にライフルを突付けた敵機体をさらに蹴り上げた。
突然の事に為す術もなく蹴り上げられ、敵はライフルを手から落とした。
宙に舞ったライフルをユーマは取り上げると、転げた敵機体の胴体にあるコックピット目掛けて銃口下に取り付けられた銃剣を展開し、突き立て、そしてトリガーを引いた。
発射される弾丸、響き渡る銃声。
それがこの物語の開幕を報せるブザーだった。