第七十二話 追いチーズ
「坊主、ハンバーグってやつは他にも種類があるんだろ。教えてくれや」
料理長のオリバーも、厨房のみんなもテンションが高い。
メイドや使用人の方々も、いつの間にか厨房に集まっていた。
試食で出した皿だけでは足りるはずもなく、手分けして賄いのハンバーグを作る。
「エルザ様からワインを飲んで良いと許可が出ましたので、仕事に影響が出ない範囲で楽しんで下さい」
粋な計らいだ。セバスチャンがみんなに伝えると、厨房は飲み会モードになった。
まぁたまには良いよね。親睦を深められるし、マインツ家の厨房なら美味しいものがいっぱいあるから。
すぐにワインの木樽を持ってきて、木のカップに注いでいく。
お酒が飲めない人は果実水だ。
サラダとナッツ、チーズのおつまみも出てきた。
オリバーがワインのカップを手に取り周りを見渡す。
「おい行き届いたか? サイコーの仲間たちにプロージット!」
「プロージット!」
乾杯をした後、みんなのハンバーグを作り出す料理長のオリバー。
銀次郎も手伝って賄いを作っていく。
「ギンジローさん、この鍋で煮込むと時間が早く出来上がるのは何でですか?」
歳が同じくらいの料理人が、デミグラスソース用の圧力鍋について聞いてきた。
オリバーも同じ事を思っていたらしく、話を聞きにきたがそんなの正確に説明なんて出来ない。
魔道具だよと適当な事を言って逃れる銀次郎。
圧力鍋を購入したいと言われたので、今度持ってくると約束をした。
メイドさん達の一番人気はチーズインハンバーグだった。
チーズの種類を変えても面白いし、パフォーマンスで追いチーズをしたら希望者が続出。
味もサイコーだが追いチーズをする行為が、自分の為だけの料理に思えて嬉しいそうだ。
こっちも悪ふざけで、お嬢様の為だけに特別に追いチーズを致します。
なんてお嬢様ゲームを始めたら、お酒の影響もあってかメイドさんの多くが希望してきた。
さすがに全員を相手にするのは大変なので、逃げる事を決意する銀次郎。
「コーエンさん、ちょっと疲れちゃったので誰か追いチーズの指名をしてください。代わりにやってもらいますから」
銀次郎は近くにいたセバスチャンとオリバー、後は同い年くらいの厨房スタッフを捕まえる。
コーエンさんは迷っていたが、料理長が一番美味しくハンバーグを仕上げてくれるはずとオリバーを指名していた。
顔が少し赤かったから、コーエンさんはお酒そんなに強くないのかな?
その後も指名は続き、男性陣の追いチーズは女性陣がやってくれる事になった。
一番人気はコーエンさんだった。
いつもは近づき難いメイド長だが、今日のコーエンさんは明るい。
元々美人さんで、お化粧を覚えてから更に綺麗になった。
お酒の勢いもあり若い厨房スタッフから何度も指名を受けていたが、コーエンさんは楽しそうに追いチーズをしていた。
みんなで二十キロくらいはあったチーズの塊を食べてしまった。
圧倒的なカロリーの暴力で、メイドさん達はお腹が苦しいって騒いでる。
男性陣はまだいけるって言ってたので、本当は付け合わせで作ろうと思っていたフライドポテトを作る。
大量の油を使ってどうするのと料理人達は見ていたが、フライドポテトを作り始めるとその匂いで美味しいという事を確信。
クレイジーなソルトを振りかけて皿に盛ると、さっきまでお腹が苦しいと言っていたメイド達もフライドポテトをたべる。
オリバーも手伝ってくれて何度も作ったが、みんなの胃袋の方が上回ったようだ。
デザートは、みんなお気に入りのパウンドケーキ。
オリバーは試食会で出したアイスクリームをたべてみたいと申し出があったので、バニラのアイスをアイテムボックスから取り出す。
アイスクリームのディッシャーで丸くしたのを喫茶店で使っていたコーンの上に乗せて渡していくと、他のみんなも気になって集まってきた。
あれだけたべて呑んで、もうお腹いっぱいと言っていたはずのメイドさん達は追いアイスもご希望だ。
イチゴ、抹茶、オレンジ、チョコミントのアイスクリームも取り出して、追いアイスの指名もしてもらった。
「コーヒー淹れましょうか?」
「良いですね」
厨房の端っこの休憩スペースで、セバスチャンがコーヒーを淹れてくれた。
今日の豆は銀次郎の好きなハワイコナだ。
「何だか色々ありましたけど、楽しいですね」
「私はギンジロー様と出会ってからいつも楽しいですよ」
セバスチャンが嬉しい事を言ってくれる。
「おぅ坊主。今日はありがとな」
オリバーはコーヒーが苦手なので、そのまま赤ワインを呑んでいる。
「ハンバーグの件だけど今度食堂で教える時、何人か連れて行ってもいいか?」
オリバーからお願いされたけど、むしろ助かりますと伝える。
一応エルザさんには伝えようとは思うが、ダメだとは言わないだろう。
それにデミグラスソースも作って欲しいし。
「今までマインツ家の従者達は仲が悪い訳ではなかったですけど、みんなでお酒を飲むなんて事は無かった。ギンジロー様は不思議な方ですね」
セバスチャンはコーヒーカップを持ち、遠くを見つめていた、
隣に立つ銀次郎も、遠くで騒いでる仲間達をぼんやりみながら話を進める。
「そうでしたか。確かにあの堅物のメイド長も楽しそうでしたもんね」
「確かにそうですね。今日は庭師や馬の世話をしている者も多く居ました。さすがに門番達はいなかったですが、彼らも本当は来たかったでしょうに」
オリバーは赤ワインをグイッと呑ってから、しみじみと話をする。
「そうだな。あいつらも仕事がなかったら来たかっただろうな。奥様が酒を振る舞うなんて事もなかったし」
「お酒は出せませんけど、今日来れなかった方々の分のハンバーグを作って、パンと一緒に届けましょうか。セバスチャン後でハングリーベアーまで送ってもらう時に、門番さんの集合所にも寄ってください」
コーヒーを飲み終えて、みんなと門番さんのハンバーグを作る。
その後は片付けを済ませてお先に失礼することにした。
帰りに集合所に寄ってハンバーグとパンを渡すと、温かい食べ物に感謝された。
門番さんにまた来ますと伝えて、ハングリーベアーへと送ってもらう銀次郎だった。




