第七十一話 ハンバーーグ
マインツ家に戻った銀次郎は、喫茶店の制服に着替えて厨房に立つ。
料理長のオリバーさんをはじめ、厨房スタッフのみんなが銀次郎を手伝ってくれる事になった。
「みなさんありがとうございます。いろんな種類のハンバーグを作りますので手伝いの方お願いします」
「坊主任せとけ」
「それでは挽肉をお願いします。今日は食べ比べするのでハンバーグは小さめで行きましょう」
「坊主、大きさが変わると火の入れ方も変わるだろ? 残ったのはどうせ俺らが味見で食うから気にしなくていいぞ」
日本人的感覚で残ったらもったいないと思ってしまったが、料理人としては新しい料理の残りを味見するのは当然らしい。
片付けが終わったら、残り物で一杯呑みましょうと伝える。
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長いテーブルの端っこに、虎とソフィアが向かい合わせに座る。
「これから十種類のハンバーグを順に持ってきますが、全てはたべきれないと思います。一口、それも小さめにカットして試食をしていきましょう。ちなみに飲み物はどうされますか? お酒もご用意できますが」
「ギンジローさんが言うならお酒にしてみましょうかね」
食前酒には軽く潰した桃をカクテルグラスに入れて、スパークリングワインを注いだ。
ほんのり香る桃の甘さと、辛口の泡が食欲を刺激する。
「まずは食前酒です。これからの食事が美味しくなる魔法のかかったお酒ですよ」
ソフィアが怪しげにこっちを見ている。
食事を楽しんでもらいたかっただけで、悪い嘘ではないので見逃してほしい。
その気持ちを察してくれたのか虎が助けてくれた。
「この泡のお酒気に入ったわ。ギンジローさん同じのもらえる?」
「かしこまりました。中の果物の種類を変えることも出来ますがどうしますか?」
「美容に良いものはあるの?」
虎が変な事を言い始めた。
美容という言葉にコーエンさんも反応する。
「美容ですか……果物は良いと思いますがお酒なので」
すると虎は優しく微笑む。
「ギンジローさんなら魔法をかけてくれると思ったのに」
虎相手だったので遊び心がなかった。
銀次郎はカクテルグラスではなく背の高いグラスに変更し、スパークリングワインにイチゴを軽く潰したカクテルを作る。
「今度はイチゴを入れたお酒でグラスも変更しています。こちらは背が高いので、こうやって顎を上げて飲むと首が見えてしまいます。女性の歳は首筋に出ますので、背の高いグラスで提供するのは本来避けるべきです。ただもし出て来た場合はグラスの一番下の部分を持って下さい。そして顎を上げるのではなくグラスを持つ手を上げると、首筋が見えずに飲む事ができます」
魔法はかけれなかったが、美しくお酒を飲む方法を虎に伝える。
もちろん虎の首はお綺麗だと、取ってつけたようなフォローをしたが白い目で見られた。
「ギンジローさんは変な人ね。まずこんなの他に無いわよ」
ガラス製の物なんて日本では当たり前にあったけど、異世界ではマインツ家と大聖堂以外で見た事がない。
親方もウイスキーのボトルに驚いてたし、その辺の感覚が異世界に来て追いついていない。
「まぁでも面白い事を知ったわ。コーエン、嫌な女が来た時は背の高いのを出す様にね」
虎がサラッと怖い事を言ってる。
「ギンジローさん他に面白い事はないの?」
「ねぇお母さん今日は食事を楽しもうよ。せっかくギンジローが用意してくれたのに」
ソフィアは純粋にこの時間を楽しもうとしている。
助けられた部分もあるしソフィアには感謝だ。
「そうね。この件は今度ねギンジローさん」
虎との約束は怖いが、社交ダンスの発表会の件もあるし近いうちに話をしましょうと伝える。
料理長のオリバーから準備が出来ていると合図が来たので、ハンバーグの試食を始めましょう。
銀次郎が最初に出すのは牛肉100%の挽肉と、牛と豚の合い挽き肉で作ったデミグラスソースのハンバーグだ。
牛肉100%だと肉の味がダイレクトに伝わるが、赤みと脂身のバランスが悪いとボソボソしてしまう。
合い挽きなら旨味も出やすいし、ふっくらとしたハンバーグに仕上げる事が出来る。
結局は好みの問題だが、個人的には合い挽きの方が好きかな。
試食なので銀次郎がナイフとフォークを使い切り分ける。
「私はこっちの方が好みかも」
虎はやはり肉食なのか、牛肉100%の方がお好みらしい。
「私はどっちも好きかな」
ソフィアはそれぞれの特徴を理解し褒めてくれた。
まずは挽肉の割合によって味が変わる事を知ってもらえた。
ソースも褒めてくれたので、料理長のオリバーと厨房スタッフで作った事を伝える。
「次はこちらです。ハンバーグの切り口をよく見て下さいね」
ギンジローがハンバーグにナイフを入れると溢れ出る肉汁を見て、虎から声が漏れる。
「合い挽き肉を使ってさっきより多く練っています。ハンバーグに軽く小麦粉を合わせる事によって、肉汁を閉じ込めました。他にもお肉の脂身をハンバーグに入れとくと、更に肉汁が溢れたりしますよ」
虎とソフィアの顔は美味しいと物語っていた。
その後はチーズインハンバーグ、トマト煮込みハンバーグ、ホワイトソースのハンバーグ、熱々の鉄板で焼き上げるスタイルの俵ハンバーグを出した。
熱々の鉄板を紙で囲いソースをかけると、ソフィアより虎の方がはしゃいでた。
意外と可愛い所あるなと虎を見ると、睨まれたので黙って次の準備をする。
目玉焼きハンバーグ、炭火焼きハンバーグ、アルミホイルで包んだハンバーグを出して試食は終了。
最後の方はお腹がいっぱいになって少ししかたべていなかったが、ハンバーグの世界を満喫出来たみたいだ。
「お肉にソースの種類、チーズや目玉焼きといった具材、後は焼き方によって様々なハンバーグがあるのが分かった。特に目の前で焼くハンバーグは新鮮だったわ。息子たちが戻ってきたら食べさせてあげたいわね」
虎がお母さんの目をしている。
「私はチーズのハンバーグが好き。熱々で口の中が爆発しそうだったけど凄く美味しかった」
チーズインハンバーグが好きなんて可愛いかよ。
ハンバーグの試食がうまくいって良かった。
二人にデザートはどうするか聞いたら、デザートは異世界でも別腹らしい。
今日の締めに相応しい美味しいデザートを希望してきた。
セバスチャンに紅茶を淹れてもらい、その間に銀次郎は厨房に戻りデザートを作る事にする。
「坊主どうすんだ?」
オリバーと厨房のみんなが注目している。
短時間で作るなら喫茶店のメニューだな。
銀次郎はアイテムボックスから氷とお皿、後はガラスの器を取り出し氷水で冷やした。
「お待たせしました。お二人の為にだけ作ったデザートです」
銀次郎が用意したのは、二人をイメージしたケーキプレートだ。
ソフィアにはガトーショコラと、バニラとイチゴのアイスを入れたガラス製の器が乗ったケーキプレートだ。
チョコソースで、ソフィアまたダンスを踊ろうとメッセージを書いた。
虎には前に気に入っていた関西マダムのバウムクーヘンに、バニラとチョコミントのアイスを乗せたケーキプレート。
もちろんチョコソースで、美しいエルザ様へとメッセージも書いてみた。
ソフィアがケーキプレートのメッセージを見て喜んでくれた。
アイスクリームを見てこれは何と聞いてきたので、牛の乳と砂糖を混ぜて冷やしたアイスクリームというデザートだよと伝える。
虎は何か考えてるのか、メッセージには喜んでくれたが淡々とケーキプレートをたべている。
「ギンジローさん今日はありがとう。とっても美味しかったわ。近いうちにまた来れる?」
「はい、ダンスの発表会の事もありますので明日また来ますね」
最初は緊張したけど、試食会は楽しくて充実感を感じた銀次郎だった。