第七十話 繋いだ手
朝早く起きて、庭の井戸水を頭からかぶる。
気合を入れた銀次郎はタオルで拭いてからハリーの部屋に行ってクーラーボックスに板氷を補充する。
「明日は一緒に大聖堂に納品しに行こうか。エデルにも伝えなきゃ行けないことがあるし」
「ギンジローいいよ。ミリアも誘う?」
銀次郎は昨日会ったが、ハリーはミリアと会っていないんだろう。
「紅茶をハリーに渡してあるんだから在庫はある? とか理由をつけて会いに行ったらいいのに」
ハリーは嫌われないかな? って言ってるが、頑張ってとハリーの背中を叩く。
大聖堂に行ったらレイノルド助祭に、明日会いたいということを伝えてもらう。
ハリーと一緒に食堂に行くとクラーラさんの笑顔で迎えられた。
「二人ともおはよー」
今日はハリーがご馳走してくれた。
モーニングハンバーグを二つ注文すると、ハンバーグを教えてもらいたい人がまた増えたとクラーラさんから聞く。
日程調整中らしいので、決まったら教えてくださいと伝えた。
モーニングハンバーグをたべてしばらく待ってると、セバスチャンが迎えに来てくれた。
朝からお腹いっぱいの銀次郎は、馬車に揺られてマインツ家に向かう。
セバスチャンとコーヒを飲むが、考え事が多くてため息をついてしまった。
ダメだな。せっかくの大事な時間なのに。
「おぅ坊主、ハンバーグのソース作っといたぞ」
料理長のオリバーにデミグラスソースをもらう。
虎に作ったハンバーグの件を聞いたら、気に入ったのでレシピを買い取れと指示があったそうだ。
「そんなのお金なんてもらえないよ」
オリバーに伝えたが
「とにかく後で奥様に話をしてくれや」
オリバーは従者達の賄い作りに戻ってしまった。
コーヒーを飲んで少し落ち着いたのでソフィアと合流する。
メイドのアメリーがまだ賄いをたべていないと言ってたから、銀次郎が好きなイチゴミルクの飴を渡した。
「昼ごはんはハンバーグだから、それまで飴で耐えて」
アメリーはイチゴミルクの飴を口の中に入れると、美味しいと喜んでくれた。
「ギンジロー大丈夫?」
いつもと違う自分にソフィアが気づいた。
「悪い話じゃないんだけど、答えの見つからない問題があってね」
「問題って何?」
ソフィアがリズム良く返してきたので、社交ダンスの発表会でのチケット問題を伝える。
「うち使ったらいいのに。セバス何人くらい入れそうかな?」
「パーティ会場なら千人と少しですが、中庭も使えばもっと人数は入れますね」
思いもつかなかったけど、もし場所を貸してくれるならチケット問題は解消できる。
光が差したと思った瞬間、ソフィアに手を握られる。
「お母さんと話だね」
普段ならお母さんと聞くとビクッとするが、ソフィアの強く握られた手が勇気をくれているようだ。
書斎の扉の前まで手を繋いで歩き、ここから先は戦場なのでゆっくり手を離した。
「ありがとソフィア」
恥ずかしくて目は合わせられなかったが感謝の気持ちを伝える。
ドアをノックすると、中にいたコーエンさんが扉を開けた。
「ソフィア様、ギンジロー様どうされましたか?」
お願いがある事を伝えると、コーエンさんが中にいる虎と目を合わせる。
問題ないとの事なので、そのまま部屋に入った。
「どうしたのギンジローさん」
眼鏡をかけた虎は目頭を少しつまむ。
積まれた書類の数は減ったがやはり忙しいんだろう。
そんな時に申し訳なく思ったが、社交ダンスの発表会の件を話す。
「来月の二つの月が満月になる日ね。そのダンスの発表会面白そうだけどパパと私は出ちゃダメかしら?」
「パパというのは領主様の事ですか?」
分かってはいるが、領主様をパパとは言えないので確認を含めて聞いてみる。
「もしかしたら貴方の義理のパパにもなるかもしれない人よ」
この人はノーモーションでパンチを打ってくる。
ソフィアが変な事言わないでと怒ってる。
「参加は可能ですが、特別枠でも大丈夫でしょうか?」
すると虎は少しだけ頬を緩める。
「わたし特別って言葉好きなの。うちは問題ないから好きに使って。あと人もお金も出すわよ」
虎が格好良く見える。
「会場を貸してくれるだけで嬉しいのでお金は要りません。ただもし宜しければ領主賞をこっちで用意しても良いですか? 出来るだけ表彰を増やして盛り上げていきたいので」
さっきまで良かったのに、虎はご機嫌斜めになってしまった。
「領主がお金を出さなかったなんて事になったらそれは問題なのよ。表彰の品はギンジローさんが用意してくれるかしら? お金は出すしうちの従者達も手伝わせるから。セバスチャン段取りをお願いね」
セバスチャンは任せて下さいと深い礼をする。
「この話は終わりね。では次に私から。ギンジローさんが教えてくれたハンバーグ。あれすごく美味しかったわ。知り合いに教えたいからレシピを売ってくれないかしら?」
一つの問題は解決したが、今度はハンバーグだ。
「ハンバーグは知り合いに教えてもらって構いませんが、種類がたくさんあるんですよ。それこそ千人いたら千通りのハンバーグがあります」
虎は何か考えているようだ。
「この後、孤児院に行って炊き出しをしてきますが、帰ってきたらいろんな種類のハンバーグ作りましょうか?」
「そうね。まずはハンバーグの種類を知ってから考えるわ。夕食を一緒に食べましょう。楽しみにしてるわ」
虎と話がついたので退室しソフィアと孤児院へと向かう。
「ギンジロー良かったね」
「ソフィア助かったよ。何かお礼をしたいんだけど欲しい物はある?」
そう伝えた瞬間ソフィアが手を繋いでくる。
今度は銀次郎も強く握り返した。
「欲しい物は無いけど学校が始まったら一度王都に来てよ」
「王都に興味は無いけどソフィアには会いに行くよ」
●●●●●●●●●●●●●●●●
孤児院に着くと、コーラの大合唱が始まった。
シスターが子供達に静かにしなさいと言ってるが、コーラの大合唱は止まらない。
年長さんに手伝ってもらい、銀次郎は子供たちにコーラを配る。
子供たちがコーラを飲んで落ち着いたので、掃除や洗濯の手伝いをしてシスターに寄付金を渡す。
ソフィアと一緒にハンバーグを作って、今日のボランティアは終了した。
さて戻ったらマインツ家で夕食作りだな。
料理を作るのが好きな銀次郎は、どんなハンバーグを作ろうか馬車の中で考えるのであった。