第六十八話 ハンバーグ
場所はマインツ家の厨房にある休憩スペース。
今日はガツンと行きたかったので、コロンビア産の豆を使う。
コーヒー豆を挽くところから始めるセバスチャン。
この時間が銀次郎はたまらなく好きで、落ち着ける時間でもある。
「坊主来てたのか? この前はありがとな」
料理長のオリバーから、この間のパスタやピザ作りが勉強になったとお礼を言われた。
今日も何か作っていくかと声をかけてくれたので、時間がかかるが作りたいのがあると伝える。
「おい、ギンジローが何か作るからお前らこっちこい」
一緒に賄いをたべてから、厨房のみんなとは仲が良くなったと思う。
目をキラキラさせてこっちにきたので、簡単なものを作ろうと思っていたが、それなら後回しにしていたアレを作る事にする。
アイテムボックスから、喫茶店時代に使っていた大きな圧力鍋を取り出す。
トマト、人参、セロリ、玉ねぎ、ニンニクなどの野菜と、端肉に赤ワイン、クレイジーなソルトと小麦粉も出す。
「野菜は全て細かく切ってもらっていいですか?お肉はフライパンで火を入れて下さい」
お願いすると厨房は一気に動き出す。
細かく切られた野菜は、油をひいた圧力鍋に入れて炒める。
端肉には色がしっかりとついたので、余計な油分を取ってから、こちらも圧力鍋へ。
バターと小麦粉と調味料を入れて軽く炒めてから、赤ワインを投入。
「火は弱くしてこの鍋に蓋をします。これ危ないので、大丈夫って言うまで絶対に触らないで下さい」
今日はデミグラスソースを使ったハンバーグをソフィアと一緒に作ろうと思う。
セバスチャンとコーヒーを飲んで待っていると、圧力鍋での煮込みが終わった。
「この容器に煮込んだ中身を入れます」
ネットで買っておいたフードチョッパーに煮込んだ具材を入れて、細かくカットしていく。
その後はソースを漉して鍋に戻した。
最後に味を整えてデミグラスソースの完成だ。
「後でこのソースを使った料理を作ります。材料は置いとくので、このソースまた作ってもらえますか?」
オリバーは任せろと言って、自らデミグラスソースを作り始める。
他の方も手伝ってくれるみたいだ。
後でみんなで作って、美味しい賄いたべましょうと伝え一度厨房を出る。
もちろん場所代としてパウンドケーキは渡しておいた。
「ギンジローなんかいい匂いしない?」
ソフィアに会うと、デミグラスソースの匂いについて聞かれる。
ソフィアに料理を教える為の下準備をしてて、その匂いだと思うと伝える。
「ねぇギンジロー、今度うちの家族が集まるんだけどサプライズは何がいいと思う?」
そういえば虎が言ってたな。
王都にいるマインツの領主やその息子さん達が休暇で帰ってくるって。
「そしたら今日教える料理をソフィアが作って家族でたべたら? きっと喜ぶと思うよ」
「面白そうね、それじゃギンジローも手伝ってくれる?」
このお願いを断れる男はいないだろうなって思う。
もちろん手伝うよと伝えると、すごく喜んでくれた。
その後は孤児院の話をして、夏休みが終わる前にもう一度お茶会をするのでその打ち合わせ、後は最近あった銀次郎の話をする。
そうしていると二つ目の鐘がなったので、ソフィアにハンバーグ料理を教えに厨房へと向かった。
「ソースは作ったぞ」
料理長のオリバーと皆さんにありがとうと伝える。
メイド長のコーエンさんはいないけど、厨房スタッフだけでなくメイドの方も多く集まっていた。
「これソフィアのエプロンね」
エルヴィスのお母さんに作ってもらった、厚手の生地を使った黒色のシンプルなエプロン。
それでもソフィアは凄く喜んでくれた。
しっかりと手を洗ってから、ハンバーグ作りを始める。
「まずは玉ねぎをみじん切りにします」
ここは手慣れた銀次郎。
あっという間にみじん切りにする。
「まぁこんな感じにみじん切りにするんだけど、これを使えばあっという間に出来るんだ」
手動のフードチョッパーをソフィアに渡して、回してもらう。
「凄いね。これを回すだけで玉ねぎが切れてくよ」
ソフィアが喜んでいるが、厨房のみんなには包丁で玉ねぎをみじん切りにしてもらう。
さすがに腕はいいが、玉ねぎをみじん切りにすることが今までなかったのでスピードは遅い。
玉ねぎのみじん切りを、弱火のフライパンで飴色になるまで炒める。
「この飴色を覚えて下さい。決して急がずゆっくり弱火で、おいしくなーれって祈りながら飴色に仕上げて下さい」
みんな真剣に聞いてる。ちょっと気分が乗ってきた。
「次にこの肉を小さく切り分けて下さい。このミンサーを使ってひき肉にするので、大きさはザックリで大丈夫です」
厨房スタッフの方はすぐに肉を切るが、ソフィアは少し苦労している。
いくらボランティアで炊き出しをした事はあるとは言え、そこは貴族のお嬢様。
普段包丁を使う機会など無いだろう。
包丁を使う時の構え方、使い方をゆっくりと教える。
「今度は上手く出来た」
センスあるよと伝えると、ソフィアは喜んでいる。
「ギンジローって私と変わらないくらいの年齢なのに何でも出来てずるい」
セバスチャンにはソフィアとは年齢が離れていると伝えた気がするが、実際よく考えたら今の自分が何歳か分からなかった。
体感では十八歳くらいだが、日本でお酒を飲める年は二十歳からなので二十歳だと伝える。
「えーっ、ギンジローって若く見えるんだね」
みんな驚いていたので、日本人は若く見られるってのは本当みたいだ。
実際はもう一回りは年上なのだが、色々ややこしいので黙っておく。
年齢の話を終わりにして、ミンサーを使い牛肉と豚肉をひき肉にする。
「このひき肉を合わせて合い挽き肉にしますが、肉の割合を変えることで味や食感が変わります。
今日は牛7で豚3にしますが、この割合は好みで変えて下さい」
みんな真剣に聞いてる。
今日は王道ハンバーグの予定だが、好みの味を研究していって欲しい。
大きなボウルに合い挽き肉と粗熱を取った飴色の玉ねぎ、パン粉に牛乳、卵を入れてクレイジーなソルトで味を整える。
「では改めて手を洗ってから、この肉をかき混ぜていきます」
みんな最初は戸惑っていたが、だんだん楽しくなってきたみたいだ。
ソフィアも楽しそうにしている。
「それではこのくらいの大きさにして、形を整えていきましょう」
デミグラスソースを作ってるオリバーは、さりげなくこっちを見てハンバーグ作りを盗んでる。
彼はプロだと改めて思った銀次郎。
用意した具材でハンバーグのタネが全て出来上がった。
「今から焼くのが王道のハンバーグです」
フライパンに油を少しだけ入れて、まずは強火で焼き色をつける。
焼き色がついたら弱火にしてじっくり焼き上げる。
裏返しにしたらまた強火にして焼き色をつける。
「この状態になったら赤ワインを少し入れて、蓋をして中火にして下さい」
ソフィアもいい感じにハンバーグが焼けているようだ。
「焼き上がる音を聞いて下さい。もうすぐ音が変わりますよ」
音が高音になったところで火を消す。
竹串でハンバーグを刺してみると、肉汁が溢れてきた。
「みんなもこれでハンバーグを刺してみて下さい。肉汁が溢れてきたら完成ですので」
みんなは竹串を刺した後、おぉと声を上げている。
ハンバーグをそれぞれお皿に乗せた後、フライパンの余計な油分をスプーンですくい取り除く。
「この旨味が残ったエキスに、デミグラスソースを合わせてハンバーグのソースを作りましょう」
フライパンの余熱でハンバーグソースを完成させる。
白い皿に付け合わせのキャベツの千切りとトマト、そしてメインのハンバーグをのせる。
その上にソースをかけて完成だ。
みなゴクリと喉を鳴らす。
厨房のスタッフは料理長のオリバーを入れると九名。
気になって厨房に訪れたメイドさんは六名。
それにソフィアとセバスチャン、アメリーと自分を入れると合計十九名が、四皿のハンバーグを分け合い試食する。
「肉汁が溢れる」
「口の中が幸せです〜」
「美味い。美味すぎる」
それぞれハンバーグの味を堪能するが、人数も多いのですぐに無くなってしまった。
ソフィアがいるのに最後は取り合いになっていた。
「じゃぁさっきフライパンを持てなかった人が、今度はハンバーグを焼いてみましょう」
中途半端にお腹の中に入れてしまったので、次のハンバーグが出来上がるまでみんなの目は獲物を狙う目になっていた。
結局四回ハンバーグを作ってやっとみんなのお腹も満足した。
「坊主、今日はありがとな」
料理長のオリバーさんが声をかけてくれる。
「こちらこそありがとうございます。こんど食堂でハンバーグの作り方を教えるので、いい練習になりました」
お腹もいっぱいになり幸せな気持ちでいると、ソフィアがある事に気づく。
「お母さんどうしたの?」
お母さんって……
そこには腕を組んで仁王立ちする虎と、その背後にはコーエンさんの姿があった。
「あらギンジローさん、なんか良い匂いがすると思ったらこんな所にいたのね。私もそのお料理食べてみたかったわ」
ちらっとオリバーさんを見たが、嘘でしょってくらい身体が小ちゃくなっている。
メイドさん達はスーッと厨房から居なくなってしまった。
「みんなに作り方を教えたので、夜ごはんにはきっと……」
「あらそう? オリバーお願いね」
申し訳ないが、ここから先はオリバーさん達に頑張ってもらおう。
ソフィアには明後日一緒に孤児院に行く事を伝え、セバスチャンに馬車で送ってもらう。
夕方まで少し寝て、食堂に行くとハンバーグの希望者がまた増えたらしい。
日程が決まったら教えて下さいと伝え、戻ってきた冒険者達と今日もエールを呑む銀次郎だった。




