第六十五話 セバスチャンの淹れるコーヒー
「ハリー、エデルおはよ。ごめん寝過ごした」
銀次郎は部屋にやってきた二人に謝りながら板氷を渡す。
今日もマインツの大聖堂に、冷やしたフルーツの盛り合わせを届けにいく二人。
「僕のマジックバッグじゃ氷は溶けるし、中身もそんなに入らない。エデル急ぐよ」
ハリーとエデルは急いで去っていってしまった。
もう一眠りしようか考えたがせっかくなんで、モーニングたべたらマインツ家に行ってお風呂でも借りよう。
庭の井戸で顔だけ洗い、まずは食堂へと向かう。
「ギンジローちゃんおはよー。ちょっと話があるんだけど良い?」
なんだろう? いつものカウンター席に座る。
「昨日そこの食堂をやってるマイヤーさんが来て、うちのハンバーグをマイヤーさんの店でも出したいんだって。作り方を教えてくれって言われたんだけど、ギンジローちゃんに教えても良いか聞こうかなと思って」
ハングリーベアーで人気のハンバーグ。
その食堂でハンバーグが無いのか聞かれるらしく、バーニーさんと仲が良かったので教えてもらおうとしているらしい。
「バーニーさんやクラーラさんが良ければ、私は大丈夫ですよ。バーニーさんが教えます? それとも私が教えます?」
出来れば教えて欲しいと言われたので、日にちが決まったら教えて下さいと伝える。
部屋に戻り、社交ダンスの発表会用のチケットになりそうな物をネットショップで探す。
すると半券付き結婚式用の招待状があったので二百枚注文する。
お城と満月、ガラスの靴とドレスの女性がデザインの招待状は、社交ダンスの発表会にイメージがピッタリだった。
チケットも用意出来たので、まずは商業ギルドに行く。
ギルド内に入ると、受付の娘がすぐにミリアを呼んできてくれた。
「急に来て悪いんだけど、チケットが出来たから一緒にレイチェルさんのところへ行けるかな?」
「問題ないですよ。用意しますので少しだけお待ちください」
急な申し出だったけど良かった。
結局あの娘もついてくる事になり、三人でレイチェルさんのダンスホールへ向かう。
「レイチェルさんこの間はありがとうございました。社交ダンス発表会用のチケットが出来ましたので、ちょっといいですか?」
「もちろんよ。さぁ中へどうぞ」
レイチェルさんは、この間と同じハッカ入りのお茶を淹れてくれた。
何気にこれ美味しいんだよな。
銀次郎はお茶を一口飲んでからチケットの話をする。
「これが社交ダンス発表会のチケットです」
レイチェルさんとミリアに百枚づつチケットを渡す。
価格は銀貨二枚。
申し訳ないですがチケット代と飲食費代で売り上げの半分、銀貨1枚は私が頂きます。
レイチェルさんのチケットは銀貨2枚で売ったら半分の銀貨1枚は私に、半分はレイチェルさんが貰ってください。
レイチェルさんはお金はいらないと言ってきたが、お客さんとしては少しでもお金を払った方が特別感が出る。
儲かったお金は、ダンスホール運営の為に使ってくださいと伝え納得してもらった。
商業ギルドも同じ条件だが、当日の入場受付にギルド員を配置してくれる約束をしてくれた。
初めての試みなので、後はトラブルがあった際は相談していく形でこの場は纏まった。
ちなみにチケットに描かれたドレスの女性が、レイチェルさんの若い頃に似ているらしい。
よくこんな短時間で私の絵が入ったチケットを作れたわねと言われたので、愛想笑いで誤魔化す。
ガラスの靴についても聞かれたが、ここも愛想笑いで対応。
社交ダンス発表会のチケットを納品した銀次郎は、ミリア達とも別れマインツ家に向かうのであった。
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「こんにちは。執事のセバスチャンさんを呼んでもらえますか?」
もう顔馴染みになった門番さんにセバスチャンを呼んでもらう。
しばらくするとセバスチャンが馬車で門まで迎えに来てくれたので、門番さんにはお礼に塩飴を渡した。
「今日も暑いので、水と塩分をしっかり取ってくださいね」
まずは厨房へと向かいコーヒータイムだ。
今日はコーヒーの王様と呼ばれているキリマンジャロにしよう。
いきなりスイッチが入ったが、今日はそんな気分だ。
「せっかくなんでコーヒー豆を挽く所からやりましょう」
手動式のコーヒーミルにキリマンジャロの豆を入れ、セバスチャンに挽いてもらう。
「この時間も楽しいですね」
セバスチャン本当にコーヒーが好きなんだな。
挽き終わったコーヒー豆を取り出し、香りを嗅ぐ。
「挽きたては香りが強いですね」
「そうなんですよね。このコーヒー淹れてみます?」
セバスチャンのコーヒー愛は本物だ。
世界で一番美味しいコーヒーは、自分の為に淹れてくれるコーヒーだというのが銀次郎の持論だ。
もちろん素材にこだわり、無駄を究極まで削ぎ落とし淹れるコーヒーも美味しい。
それは否定しない。
例えば山に登り、頂上で素晴らしい景色と達成感を感じながら飲むコーヒーも美味しいだろう。
それも否定しない。
銀次郎は喫茶店をやっていたので、コーヒーを淹れる側の人間だ。
そんな銀次郎だからこそ思う事は、自分の為に淹れられたコーヒーが一番おいしいという事。
それが仮令インスタントであっても、その人の想いがあると無いとでは雲泥の差だ。
異世界に来て助けてくれた恩人であり、コーヒー仲間のセバスチャンが淹れるコーヒーが飲みたくなったのだ。
ペーパーフィルターにコーヒー粉を入れ、ムラなく平にしてもらう。
沸騰した後少し置いといたお湯を、少しだけ注ぎコーヒーを蒸らしてもらう。
「何かの儀式をしている様ですね」
セバスチャンの言っている事がわかる。
おいしくなーれと声に出して豆に伝えると美味しくなりますよと言うと、セバスチャンは笑っていた。
その後三度に分けてお湯を注ぎ、ドリップしていく。
「ギンジロー様どうぞ」
「セバスチャンありがとう」
今日はいつも以上に至福の時を過ごす二人だった。
いつも誤字脱字報告をしてくれる方に感謝です。
本当に助かっています。