第六十四話 冷麦と野菜の天ぷら
朝の陽の光で目覚め、いつものルーティンとなっている庭の井戸水を頭からかぶる。
一気に頭の中がシャキッとしたのでそのまま食堂へ。
ハリーはすでにモーニングハンバーグをたべた後だったので昨日はご馳走様と伝える。
クーラーボックスに板氷を入れて渡すと、ハリーはエデルのところへ向かった。
さてこっちも頑張りますかね。
モーニングのサラダとパン、そしてスープをたべた後は大通りを噴水公園方向に進み、エルヴィスの様子を見に行く。
「調子はどう?」
エルヴィスに声を掛けハグをする。
「注文を受けたドレスはもう作り始めてる。三日後に仮縫いの合わせ手伝ってもらっても良いか?」
「もちろんだよ三日後ね。このくらいの時間に来るよ」
そう約束して預かっていた荷物をエルヴィスに引き渡す。
次に向かったのはお婆さんのところだ。
挨拶に行くと言ってから時間が空いてしまった。
教えてもらった通りにお婆さんの家まで歩いて行くと、お婆さんと息子さんが畑で草むしりをしていた。
「お婆さーん、来たよー」
「ギンジローかえ? よく来たな」
しわくちゃだけどその笑顔に照れる銀次郎。
「この草むしり手伝うので、終わったら畑を案内してもらえませんか?」
「ええけど畑見ても何もないぞい」
お婆さんは何もないって言ったけど、畑には様々な種類の野菜が丁寧に作られている。
それを収穫して商会に納品して生活をしている。
「お婆さんこれってサツマイモですよね?」
「そうじゃよ。まだちっこいが育ったらでっかくなるし、保存が利くから高く売れるんじゃ」
高く売れると聞き、商会での買取金額を聞くとサツマイモは二本で銅貨1枚だそうだ。
安すぎないかと思ったが、イモは手が掛からず育つので割が良いらしい。
「お婆さん、その買い取ってもらってる商会と何か契約とかしてます? 一定の量を納品しないとダメとか」
「ギンジローは面白いこと言うのぉ。勝手に持っていって商会が買い取るだけじゃぞい」
お婆さんは笑うが結構厳しい世界なんだと感じた。
自分はネットショップで日本のものを手に入れそれを売るだけで金儲けが出来るが、本来はこのような人達が報われなきゃいけない。
「お婆さんこのサツマイモ全部売ってくれませんか? その商会の倍の値段で買い取りますから」
お婆さんが喜んでくれるかなと思ったが、倍の値段で買い取るなんて無理すんなと怒られた。
異世界で自分の事を本気で心配し怒ってくれるお婆さんの存在が嬉しかった。
「ギンジロー腹減ってるか? 減ってるなら家で何か作るけ」
お婆さんの家に行くと、お孫さんが新品の服を着ていた。
この間の屋台で、子供の服が何着も買えるくらい稼いでたもんな。
銀次郎はなんだか嬉しかった。
初めて会った息子さんの奥さんは二人目を妊娠中で、幸せそうな家庭なんだよね。
「お婆さん、せっかくだから私がお昼ご飯作っても良いですか? こんなに美味しそうな野菜があるなら故郷の料理を作りたくなりました」
お婆さんに伝えると、野菜も台所も好きに使って良いと許可が出る。
息子さんの奥さんは申し訳ないと言っていたが身重なんだし、むしろこっちが気を使わせてしまい申し訳ない。
作るのは冷麦と野菜の天ぷらだ。
玉ねぎとナス、ししとうをそれぞれ油で揚げて天ぷらにする。
薬味の長ネギとミョウガも用意してる間に沸騰したお湯に冷麦を入れて茹でる。
茹で上がったらすぐに氷水で冷やして完成だ。
お手軽で簡単にできる冷麦と野菜の天ぷら。
お婆さんの家族に触れたことで、銀次郎は子供の頃を思い出したみたいだ。
大人になったからこそ知る、家族でたべる冷麦と天ぷらの贅沢さ。
異世界に来てるし本当の家族では無いけど、銀次郎はお婆さんと一緒にいると居心地が良かった。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
「じゃぁまた来ますんでサツマイモの件はお願いします」
お婆さん一家と別れて、銀次郎は親方のところへと向かった。
「親方ー、いますよねー、入りますよー」
入り口で声をかけても出てこないのは知ってるので、そのまま中へと入る。
工房では親方とお弟子さん達が作業をしていた。
邪魔しないように作業を見守る。
「何じゃ?」
しばらく待っていると、親方が手を止めてこっちに来た。
「親方が暇だったら一杯呑もうかなと思って」
「馬鹿もんが。オマエのせいでこっちは忙しいわい」
親方はそう言うが王族の方に贈る剣自体は既に仕上がっており、後は入れ物の装飾をするだけらしい。
「一杯呑むって事は、アレ持ってきたんじゃろな?」
「持ってきましたよ、はいウイスキー」
アイテムボックスから、亀甲ボトルのウイスキーとロックアイスを取り出す。
お弟子さん達にはコーラだ。
「おい、生ハムは?」
「あるわけないでしょ。それに生ハムの原木、あれって三十六ヶ月熟成で高いんですからね」
親方に生ハムを取られた事があるので、ついきつく言ってしまった。
生ハムの代わりにつまみを作りますよと言ってキッチンを借りようとしたが、この間作ったピザが残っているのを思い出す。
「あの炉でこれ焼いてもらえますか?」
鍛冶場の炉は火が残っているので、アントニオさんにピザを渡す。
ピザが焼きあがるまでの間に何か作ろうと思ったが、めんどくさくなったのでネットショップで買ってた缶のおつまみを皿に盛り付けていく。
牡蠣の燻製にタコのアヒージョ、コーンビーフに厚切りベーコンと銀次郎の好きなおつまみだ。
アントニオさんがピザを焼いてくれたので、ピザカッターでカットしていく。
「なんじゃそれ?」
親方がピザカッターに反応したので渡す。
「この作りは面白い。アントニオこれは参考にならんか?」
ピザカッターを渡す親方。
アントニオさんはピザカッターを受け取ると奥の工房に行ってしまった。
他のお弟子さん二人もついて行く。
親方と二人っきりになってしまったけど、とりあえず乾杯かな。
「悪かったな」
珍しく親方が謝る。
「生ハムの事ですか?」
「馬鹿もん。違うわい」
どうやら楽しく呑むはずだったのが、お弟子さんにピザカッターを渡した事を謝る。
「あいつの実家は馬車工房だったんじゃ。だが盗賊に襲われて両親はな…… 鍛治の一通りは教えたが、いつかあいつには馬車を作らせたくて。チーズとパンの上を滑らかに進むあのカッター。あれが馬車の車輪になったら良い馬車になると思わんか?」
初めて出会った時は無愛想なおっさんだったが、弟子思いの親方だ。
関わりを持った人間にはとことん向き合う。
浅く広くの付き合いが出来ないからこそ、普段は壁を作ってるのかもしれない。
不器用な生き方だが、そんな親方だからこそお弟子さんも自分もほっとけないんだろうと思う。
親方にウイスキーを注いで軽くカップをあてる。
親方はただ頷くだけだった。