第六十三話 桃のロールケーキタワー
「悪いな、俺は帰るからみんなで楽しんで」
ドレスの展示会が終わり、レイチェルさんと別れる。
ハリーが用意した馬車で商業ギルドに寄ってその後打ち上げをする予定だったが、エルヴィスはお母さんに捕まってしまいこれから家族会議だそうだ。
エルヴィスに大事な物だけ渡して、残りの荷物は明日の朝届けに行く事を伝え別れる。
商業ギルドに寄ると、受付の娘の同僚達が帰るところだった。
せっかくなんで夏祭りのお礼を兼ねて打ち上げに誘うと、既婚者の方以外はついてくるそうだ。
ミリアがギルド長に報告をするそうなので、ハリーを置いて先に歩いてハングリーベアーに向かう。
「ハンツ急で悪いんだけど六人分の席予約出来るかな?」
「ちょうどいま席が空いたから大丈夫だよー」
愛嬌あるハンツの返事に癒された銀次郎。
席の予約をお願いした。
「ギンジローちゃん今日はどうだった?」
クラーラさんに大成功だった事を伝え、桃のロールケーキタワーを渡す。
「この後打ち上げなので頃合いを見て出して下さい」
食事代を先払いしようとするが、こんな時の為にとすでにハリーが支払い済みだそうだ。
ハリーは気遣いがすごいな。
そう思いながらみんなが到着するのを待つ銀次郎だった。
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「今日はお誘いありがとうございます。美味しい食事とお酒を楽しみ明日への仕事の糧としましょう。プロージット!」
受付の娘の同僚であるナディアが乾杯の音頭を取り、エールが入った木樽のジョッキをぶつけ合う。
「んっんっんっんっ」
色気ある飲みっぷりの女性はレニャさん。
エールを一気に飲み干しご満悦だ。
ナディアさんの方はあまりお酒は強く無いらしく、レニャさんにエールを渡す。
その姿を見たハリーは、すかさず果実水と赤ワインのデキャンタを注文する。
「はい、レニャさん果実水」
ハリーが果実水を渡すと、レニャで良いですよって意外と愛嬌のある娘だった。
「ハリーさんって王都の魔法魔術学校を首席で卒業したって聞きましたけど、そのまま王国魔法師団に入る事も出来たんじゃないですか?」
確かにそうだな。
気になる話だったので、エールを呑みながら聞き耳を立てる。
「そんな話もあったけど僕は男爵家だから周りの圧が強かったんだ。魔法は誰よりも得意だったけど、戦争になったらその力を自分の意思とは違うところで使わなくちゃいけない。だから冒険者というか薬草採取の道を選んだんだよ。まぁ最近はギンジローやエデルと一緒に商売を勉強している最中だよ」
そんな話をしていると、クラーラさんがタイミング良くハンバーグを持ってきた。
「お待たせしました。もうすぐ次の料理も出来るから待ってってね」
今日は食べ比べなので、二種類のハンバーグとパンがテーブルに置かれる。
「こっちがトマトソースのハンバーグ、こっちがこの間の夏祭りで出したソースハンバーグ。みんなはどっちが好きか食べ比べてみて」
ハンバーグが出てくると饒舌になるハリー。
「ミリア先輩はどっちが好きですか?」
ナディアが振るとソースのハンバーグが好きだと言う。
「ハリーさんはどっち?」
ハリーもソースを選ぶ。
「私は…… トマトかな? レニャは?」
「レニャもトマトだね」
「エミリアは?」
「ん…… ソーマト」
なんとなく考えは分かるがソーマトって何だ?
やるならもっと頑張れ。
「ギンジローさんはどっちが好きですか?」
三人が何か企んでるのが分かったので、流れ的にトマトを選ぶ。
「じゃぁ我々はトマトのハンバーグをいただくので、ハリーさんとミリア先輩はこっちでソースのハンバーグを食べて下さい」
ミリアは絶対ソースの方が美味しいのにって言ってるが、これは後輩らの策略だという事に気がついていない。
ミリアって意外と天然なのかな?
「ねぇ面白い事してるけどなんで?」
ハリーとミリアに気付かれないように、小さな声でナディアとレニャに聞く。
「ミリア先輩は仕事一筋に生きる人で、男の噂を聞いた事が無いです。むしろ男嫌いな雰囲気さえ漂わせていました。でもギンジローさんやハリーさんと一緒の時は、楽しそうな顔をしてるんですよ。最初はお菓子王…… ギンジローさん狙いなのかなと思ってましたが、ハリーさんと一緒にいる時の方が顔が優しいんです。後輩としては今までこんな事無かったのできっかけくらいは作れたらなと」
なるほどね。
ハリーは間違いなくミリアが好きだから、その作戦に乗ることをナディアとレニャに伝える。
「ところであのお菓子は売らないんですか? 間違いなく売れると思うのですが?」
間接的にではあるが、この娘達に銀次郎はお菓子やケーキをたくさん貢いでいる。
ましてや商業ギルド員なわけなので、商売に結び付かせるのは当然の事であった。
「うーん。将来的にはケーキを扱うお店を出したいとは思っているんだけど、解決しなくちゃいけない問題がいっぱいあってね」
「問題って何ですか? もし私たちで出来る事があればやりますので教えて下さい」
ナディアとレニャがグイグイ来る。
エミリアはあまり興味なさそうだが。
「ねぇねぇ、ギンジローさんの担当は私ですよー」
急にミリアが我々のチームの話に入ってくる。
「お菓子やケーキを売るには問題がいっぱいあるって言ったら協力してくれる事になったんだ」
ミリアに問題点とは何があるのか聞かれたので、一番の問題はケーキを冷やす事が出来ない事だと伝える。
クーラーボックスに板氷を入れて冷やす事は出来るが、誰もが使える冷蔵庫が欲しいと願う銀次郎だった。
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ルッツがテーブルに近づいてきて、目で合図をする。
いろんな話をしたのでエールやワインが進んだが、そろそろ頃合いだろう。
目を合わせて頷くと、ルッツも頷く。
クラーラさんが桃のロールケーキタワーを運んで来た。
大きなロールケーキタワーは目立つので食堂のお客さんの注目を浴びている。
桃のロールケーキタワーが届くと、女性陣達はものすごく喜んでくれた。
圧倒的な存在感と美しさに感動していると、ルッツとハンツが新しいお皿とナイフ、フォークを用意してくれた。
ロールケーキタワーは二回目なので、ハリーは女性陣にどこの部分が良いかを聞きながら取り分けてくれた。
もちろんハングリーベアーのお客さん達の分と、バーニーさんやクラーラさん達の分もお皿に乗せみんなで桃のロールケーキをたべる。
「おいしー」
「幸せ〜」
周りから声が漏れてくる。
口の中に入れると桃の芳醇な香りが広がり、それだけで確かに幸せな気持ちになる。
「エミリアが言ってたの本当だったわね〜」
「ロールケーキタワーって言葉、私の心に今刻まれたわ」
ナディアもレニャも感動している。
この場のお金を払ってくれているのはハリーなので、ハリーにお願いすればまたたべれるかもよと伝えておく。
もちろんハリーからロールケーキタワー代は貰わないが、頑張ってるハリーを応援する。
楽しい食事とお酒が呑めて幸せを感じる銀次郎。
こんな日が長く続けばと思いながら、打ち上げは終了。
ハリーにご馳走様と伝え、用意してあった馬車で女性陣を送ってもらう事にした。
馬車を見送った後はカウンター席に移り、赤ワインを一杯注文。
今日あった出来事を振り返りながら、届いた赤ワインを呑み干して部屋に戻るのであった