第六十一話 タイガーアイ
「エデルお疲れ〜」
夕方になったのでエデルには上がってもらった。
ダンスを踊ったあと少しつまむのに、フルーツの盛り合わせは人気だった。
気に入ったご夫婦から、今度自宅に持ってきてほしいと注文をもらっていた。
エデル良かったね。
明日はマインツの大聖堂に行くので、クーラーボックスに板氷を入れて渡す。
クーラーボックスとフルーツプレートは一人では持ち運べないので、ハリーに手伝ってもらう様お願いした。
もしクーラーボックスに入れた氷が溶けて使い物にならなくなったら、明日の朝ハングリーベアーに取りにきてくれとも伝える。
冷凍庫があれば楽なんだけど、この世界にそんなものは無い。
なんとか出来ないか考える銀次郎だった。
ドレスの展示会は、残り二組のお客さんで終わりだ。
ちなみにあの大金貨10枚のネックレスはあれから二つも売れた。
レイチェルさんも買おうとしていたが、それは気が引けたのでエルヴィスと自分からという形でプレゼントをしておいた。
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「皆さんありがとうございました。社交ダンスの発表会については後日お知らせを致します。ドレスに関しては出来上がり次第お持ちしてサイズやデザインの確認をしてもらいますので」
最初は出来上がったドレスをレイチェルさんのダンスホールに預け、お客さんに持っていってもらう形で考えていた。
ただ一度仮縫いしたドレスを合わせて確認が必要なので、エルヴィスと銀次郎が一緒に行く事に変更した。
まぁエルヴィスなりの決意なんだと思う。
最後のお客さんを見送ってドレスの展示会が終わった。
「エルヴィスお疲れ〜。お母さんも急遽きてもらいありがとうございました」
お母さんは息子の為だからなんの問題もないが、羊羹を請求されたので素直に渡しておく。
なんかエルヴィスのお母さんに、いつも貢いでる気がする。
ただお母さんは本能にストレートなので、悪い気はしていない銀次郎だった。
「どんだけ売れた?」
「来てくれたお客さんは全員買ってくれた。何着も買いたいと言ってくれたお客さんもいたけど、発表会に全員分のドレスが間に合わないといけないから今回は一着だけでとお願いしたよ」
エルヴィスは休憩もろくに取っていなかったので、さすがに疲れた表情をしている。
「紅茶を淹れるので、一息ついたら片付けを始めましょうか」
銀次郎がみんなに提案すると同時にダンスホールの扉が開く。
「レイチェル様。少し宜しいでしょうか?」
入ってきたのはセバスチャン。
マインツ家の執事なので、レイチェルさんとも面識がある。
「お客様がどうしても展示会を見たいと言っておりまして、少しだけお時間をいただけませんでしょうか?」
お客様? セバスチャンがいるって事は虎かソフィアかな。
答えは虎だった。
昨日会ったアデルハイトさんとフランツェスカさん、後はたくさんのお付きの方々も入ってきた。
「レイチェル夫人久しぶりね。急にごめんなさい。あなた方が楽しそうな事してるって聞いたから来ちゃった」
来ちゃったじゃないよと思ったが、顔には出さない銀次郎。
エルヴィスにとっては上客になるかもしれないし、そもそもこの虎を止める事は誰にも出来ない。
ただお付きの人々の多さには驚くが……
「あなたがエルヴィスね。いい男じゃないの」
虎にかかればエルヴィスも子供みたいなもんだ。
「ギンジローさん、これは大変な事になりますよ」
ミリアが緊張している。
珍しいなと思ったが、虎の相手をしないと始まらないので銀次郎が応対する。
「皆様昨日はありがとうございました。またお会いできて光栄です。ドレスを見る前にこちらにご記帳願えますでしょうか」
銀次郎は展示会参加者の名前を書いてもらうように話をする。
ミリアが何言ってんだ? といった顔をしているが顧客になるかもしれないのだ。
虎と友達の方々に名前を書いてもらう事にした。
「まぁ面白そう。ここに名前を書けばいいの?」
昨日会ったフランツェスカさんは、これが展示会なのねと嬉しそうにしている。
アデルハイトさんは笑ってる。
お付きの方々とレイチェルさん、ミリアは笑っていないが早く終わらせたかったので淡々と進めていく銀次郎。
「えーっと。ドレスの展示会にきてくれた方にネックレスをお渡ししているのですが、気に入った石のネックレスを選んでもらえますか?」
銀次郎は、来客用のパワーストーンのネックレスを案内する。
「あら見た事のない石ですね。ピンクや紫といった色の石は珍しいわ」
アデルハイトさんはネックレスに興味があるようだ。
手にとっては首元に置き鏡を見ている。
「この石にはそれぞれ意味があるのですが、それを教えたら面白くありません。良いと思ったものが今の自分に必要なものだと私は思いますので、まずは一つ選んでください」
三人に伝えると、真剣な目をして考えている。
虎がどっちが似合うなんて言ってきたが無視する。
それは旦那さんとやってくれ。
もし選択に間違ったら大変なので、その領域には入らないようにする。
「面白くないわねぇ」
虎は文句を言うがとにかく無視する。
関わってよい未来が銀次郎には浮かばない。
虎が選んだのは、茶色、金色、褐色の縞模様の石だ。
日本名は虎目石、一般的にはタイガーアイと呼ばれる石で金運や幸運を招く石だ。
運命のような石だがそんな事は言えないので、金運が上がり幸運を招くと言われている石ですよと伝える。
「あらそうなの? 見つけた瞬間から運命を感じたのよね」
そりゃそうでしょと心で思いつつ、他の二人が選んだ石も説明する。
アデルハイトさんが選んだ石はルビーだったので、大切な人との変わらない愛を誓う石ですからお相手が羨ましいですと伝える。
フランツェスカさんはパールを選ぶ。
女性の美を象徴する石ですよと伝えると喜んでいた。
虎がタイガーアイ、艶やかな色気のあるアデルハイトさんがルビー、小柄で可愛らしいフランツェスカさんがパールを選んだが銀次郎から見てもピッタリの石だと思う。
「あら? こっちは何なのかしら?」
「あれは売り物のネックレスですけど見ますか? 大金貨10枚の値段で高いですがもし気に入ったのがあれば言ってください」
ジルコニアのネックレスを手に取りしばらく考える三人。
「ギンジローさん? こちらが大金貨10枚?」
虎の目が怖い。
「高いですよね〜。なんかすみません」
銀次郎は謝るがむしろ逆でこれ程までに輝く宝石のネックレスを、大金貨10枚で売る方がおかしいと呆れられる。
ミリアも頷いているが、決して近くには来ようとしない。
「ギンジローさんが良いなら、その値段で全部買うけど本当に良いの?」
五本あったジルコニアのネックレスは三人で全部お買い上げだ。
「私とエルザは二本で、フランツェスカはこの可愛いピンク色のネックレス一本ね」
どうやら決まったようだ。
それぞれ好みのネックレスを取り、フランツェスカさんは他にも宝石類をいっぱい持っているからという理由で一本にされていた。
「ピンク色のネックレスは欲しかったから嬉しいけど、ギンジローさん他にもありませんか?」
可愛らしいフランツェスカさんからの申し出だが、あと持ってるのはとっても高価なものだけなのでと断る。
「ギンジローさんまだあるの?」
虎もアデルハイトさんも喰いついてきたが、最初に聞いたのは私だからまず私に見せてとフランツェスカさんが主張する。
「良いですけどこれ高いですよ。私の故郷で有名な石で…… そういえば先ほどフランツェスカさんが選んだ石と同じですね。ただこっちは本当に貴重で、仕入れるのに私の全財産が無くなったぐらいの物ですよ?」
そう断りを入れたが、むしろこの三人を煽ってしまっているようだ。
さっきまで遠くから見ていたミリア達も、いつの間にか近くに集まっている。
「これです」
銀次郎が間違って買ってしまった、有名ブランドの真珠のネックレスを取り出す。
沈黙が続く。
沈黙に耐えきれなくなった銀次郎は、付けてみます? と声を掛ける。
「えっと、ギンジローさん宜しいのかしら?」
もちろんですと伝えると、可愛らしかったフランツェスカさんの目が、エルザさんと同じ獲物を狙う目になる。
女性って怖いなと思いつつネックレスを渡そうとすると、フランツェスカさんは髪の毛をあげて後ろ向きになる。
俺が? と思ったが、この流れはそうだろう。
ソフィアの時は緊張して手が震えたが、フランツェスカさんには別に緊張しなかった。
鏡もあるので良かったら確かめてみてください。
銀次郎が鏡を持つと、嬉しそうにネックレスを見るフランツェスカさん。
虎もアデルハイトさんも加わり、フランツェスカ綺麗ね〜なんて言ってる
「ギンジローさんありがとうございます。こちら頂きますわ」
その後フランツェスカさんのお付きの人と、ミリアで話をしてもらい聖金貨1枚で売る事になった。
聖金貨っていくらだよ? と思ったが、大金貨100枚分、日本円で一千万円だそうだ。
まさかの金額で売れてしまった。
ミリアを見るとその位の価値はあるとの事だったので、聖金貨1枚で真珠のネックレスを売る事にした。
フランツェスカさんのお付きの方が、クレジットカードみたいなもので全てお支払い。
ミリアが持ってきた魔道具にカードをかざすと支払いが完了する。
一千万円をカードでって、フランツェスカさん超お金持ち?
アリガトウゴザイマース
私はサービス業をしていますので、年末年始も仕事です。
クリスマスは長時間労働で、小説が投稿出来なく申し訳ございませんでした。
年末年始はたぶん投稿出来ると思いますので、どうか時間がある時に読んで貰えたらと思います。