第六話 お茶会の打ち合わせ
セバスチャンと厨房の休憩スペースで、立ちながらコーヒーを飲みまったりする。
メイドのアメリーは、メイド長のコーエンさんに呼ばれてこの場にはいない。
「今度のお茶会って、どんな内容のお茶会なんですか?」
目を瞑って、コーヒーの味を楽しんでいたセバスチャン。
この人コーヒーにハマったなぁ。
今度は別の豆を使った珈琲をご馳走しようと考えつつ、銀次郎は話を振った。
「ソフィア様のご学友で、ザクセン子爵家の長女ライナお嬢様と、ハイデルベルク男爵家の次女アイリスお嬢様とのお茶会です」
銀次郎はアイテムボックスから紙とペンを取り出しメモを取る。
子爵家に男爵家って言葉を聞くと、貴族がいる世界なんだなぁと改めて実感する。
「真っ白な紙と変わったペンですね」
セバスチャンに指摘されてハッとしたが、まずはお茶会の話を聞くのが大事なので軽く受け流す。
「紅茶は問題ないと分かりましたが、食べ物はどうですか? お菓子だけにするか、簡単に食べれる食事も用意した方がいいのかどっちがいいですか?」
するとセバスチャンは少し考え、若いお嬢様方だけのお茶会なので食事もあったほうが良いかもしれないと答える。
「分かりました。サンドイッチも用意しますね」
銀次郎の何気ない言葉に、今度は素早く反応するセバスチャン。
「サンドイッチとは、どの様なものでしょうか?」
ここは異世界であり、サンドイッチはないらしい。
説明しようにも、当たり前の物すぎて言葉が思いつかない。
「食材は持ってきていますので、一度作ってみますね」
言葉で説明は難しくても、サンドイッチを作るのは簡単に出来る。
銀次郎は立ち上がりサンドイッチを作ると伝えると、料理長のオリバーが興味津々とこっちを見て来たので、手伝ってもらう事にした。
初回なのでオーソドックスな、ハムとレタスそしてタマゴサンドだ。
これはお店でもよく出ていたメニューである。
食材はこちらで用意したので、オリバーもすぐにサンドイッチを作る事が出来た。
「これがサンドイッチです」
セバスチャンの前にサンドイッチを差し出すと、メイドのアメリーがいつの間にか戻ってきていた。
パンに野菜やハムタマゴなどを挟み、手で掴んでたべる軽食だと説明すると、メイドのアメリーは目を輝かせる。
「手で掴んで食べて良いんですか?」
手で掴んでたべるのはマナー違反なのかもしれないと思ったが、純粋に早くたべたかっただけらしい。
「このパン白くて柔らかいし、このタマゴのパンは止まらないよー。このソースもおいしー」
「あーそれはマヨネーズだね〜」
サンドイッチで喉を詰まらせようとしているアメリーを見て、水を差し出す銀次郎。
「こりゃうめーなぁ」
料理長のオリバーは、自分で作ったサンドイッチを頬張る。
セバスチャンに、手で掴んで食べる料理について聞いてみると、手で掴む料理は普通にあるので問題ないらしい。
食事の方も問題なさそうだったので、あとはソフィア様に最終確認をしてもらう事にした。
アイテムボックスからスコーンとシフォンケーキを取り出すと、メイドのアメリーが物欲しそうに見つめてきた。
「後でな」
そう銀次郎が伝えると
「約束だからねー」
アメリーは楽しそうに部屋を出て、ソフィア様を呼びに行くのであった。
執事のセバスチャンが扉を開けると、そこはセンスの良いテーブルと椅子が置かれた部屋だった。
奥に給湯室があり、そこで銀次郎は料理長のオリバーと一緒に食器類とケーキや軽食を用意していく。
準備が整い待っていると、メイドのアメリーがソフィア様と共に部屋に入った。
「ギンジロー楽しみにしてたわ」
深々とお辞儀をするソフィア様。
頭の位置を元に戻すと、肩に残った髪を後ろに持ってきて微笑む。
ソフィア様の透き通った青色の瞳に吸い込まれそうになったが、何とか堪える銀次郎だった。
「ソフィア様宜しくお願い致します」
銀次郎は気を引き締め直してから、お辞儀をする。
「また戻ってる。ソフィアでいいよ」
ちょっと拗ねた感じで微笑むソフィア。
執事のセバスチャンから目線が飛んできたので、銀次郎はソフィアをテーブルに案内する。
すっと椅子を引くと、ソフィアはゆっくりと腰を落とすのであった。
「この間、美味しいと言ってくれたダージリンの紅茶です。この白磁のティーカップは、ソフィアの瞳の色と同じ青色で描かれており、綺麗な花が特徴的な私のお気に入りのカップです」
「ギンジローったら…… 嬉しい。ありがとう」
頬を少し赤く染めたソフィアは、カップを半周させてから鼻元に近づけ、紅茶の香りを楽しむ。
その優雅な仕草に銀次郎が見惚れていると、何か言いたそうにこっちを見るソフィア。
何が何だかわからなかったが、ソフィアがカップに口をつけた後、口元が緩んだのを見て少し安心する。
紅茶とお菓子を提供するだけなら問題ないが、ここは異世界であり相手は貴族だ。
銀次郎が知らない常識なども多いだろう。
何かあってからでは遅いので、確認する事にした。
「この国の風土や習慣に不慣れなので、今度のお茶会とはどの様なものか教えて下さい」
「友達と紅茶を飲みながら話をするだけよ。ねぇセバス?」
ソフィアは、セバスチャンの方を向き同意を求める。
ソフィアとセバスチャンの関係が何だかいいなと感じる銀次郎。
「はい、ソフィア様のおっしゃる通りです。銀次郎様の淹れる紅茶は素晴らしいですし、お菓子やケーキも見た事の無い物です。きっと話の尽きないお茶会になると思います」
セバスチャンは、相手を褒めつつ会話を盛り上げてくれる。
「あっそうだ。アイリスがもうすぐ誕生日だから、お祝いも兼ねてるの」
ソフィアの話す姿は嬉しそうであり、よっぽど仲の良い友人なんだなと感じる。
それならばと、銀次郎は一つ提案をする。
「誕生日でしたらバースデーケーキを用意しますか?」
ソフィアは首を傾げる。
「バースデーケーキって何? ギンジロー」
またもやここが異世界で、今までの常識は通用しないと実感した銀次郎は、周りにいるみんなにも伝わるように大きな声で説明を始める。
「私の生まれた場所では、誕生日のお祝いにケーキを贈るのです。お祝いの歌を歌って、最後にローソクの火を消してもらう。フーっと息を吹きかけてね」
「ローソクとケーキ?」
異世界でバースデーケーキの事を伝えるのが難しい。
サンドイッチの時も同じだったが、実物を見せた方が早いので、少し準備をさせてもらう事にした。
銀次郎は給湯室を借りて、スキルのネットショップを使いバースデーケーキとローソクを購入。
バースデーケーキとローソクを持って、部屋に戻るとみんなの視線はケーキに釘付けだ。
部屋の中が妙に静かになってしまったが、このままでは話が進まないので、銀次郎はサプライズの方法をみんなに伝えていく。
「流れとしては、まず良きタイミングで部屋を暗くします。合図を送るので、アメリーはカーテンを閉めて、セバスチャンは照明を消して部屋を暗くして下さい」
「カーテンを閉めるのね。大丈夫よ」
そう言って胸を張るメイドのアメリー。
「かしこまりました」
セバスチャンは言葉を発した後、深々とお辞儀をする。
照明の魔道具は、ボタンを押せば消えるらしい。
どの様な原理なのか聞きたくなったが、今はそのタイミングではないので、今度コーヒーでも飲みながら聞く事にする。
「お祝いをするアイリス様は、いくつになられるのでしょうか?」
「十六歳になるわ。実際の誕生日は少し先だけど、夏休みで会えないからお茶会でお祝いするの」
嬉しそうに友人の事を話すソフィアに、精一杯サプライズを盛り上げようと考える銀次郎。
「ではローソクを十六本用意します。コーエンさん手伝って下さい」
急に銀次郎から呼ばれて、少しびっくりしているメイド長のコーエンさん。
「もちろんですわ。何をすれば宜しいのでしょうか?」
銀次郎は、メイド長のコーエンさんに部屋が暗くなったら、バースデーケーキを持ってくる役をお願いした。
ローソクに火をつけて、給湯室の扉を開ける係は料理長のオリバーに依頼。
「ソフィアはアイリス様役をお願いします。合図を出しますので、ローソクの火をフーッと息を吹きかけて消して下さい」
「わかったわ。何だかドキドキする」
まだ少しあどけなさは残るが、近い将来とんでもない美人さんになるであろう目の前の少女は、ローソクの火を消す真似をしておどけて見せた。
「ローソクに火をつけたら返事くださーい」
料理長のオリバーが、魔道具を使ってローソクに火を付ける。
「全部つけたぞー」
「じゃあアメリーはカーテンを閉めてー」
はーいと返事をすると、勢いよくカーテンを閉めるアメリー。
「セバスチャンは照明を落としてー」
するとすぐに部屋が暗くなる。
「はい!コーエンさんケーキ持ってきてー」
メイド長のコーエンさんが、ローソクの火が消えないように、ゆっくりと持ってくる。
ハッピーバースデートゥーユー♪
バースデーソングを銀次郎が歌い、アイリス役のソフィアがローソクに息を吹きかける。
一回では全部消えなかったが、三回目で全てローソクの火が消えた。
「アイリス様誕生日おめでとうございます」
拍手する銀次郎。部屋は暗いまま。誰も言葉を発しない。銀次郎の拍手だけが聞こえる。
「あっ伝えるの忘れてた。セバスチャン照明をつけて」
するとすぐに部屋は明るくなる。
みんなどうすれば良いのか分からなく、銀次郎から指示が来るのを待っていたらしい。
「ごめんごめん。ローソクの火が消えたら、まずは部屋を明るくしましょう。セバスチャンは照明を点ける。アメリーはカーテンを開ける。これをお願いします」
はーいと元気に返事をするアメリー、セバスチャンは黙って頷く。
「部屋が明るくなったら、ソフィアが誕生日おめでとうと伝えて」
「わかったわ。人を驚かせるのって面白いね」
●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●●
結論を言うと、明日またサプライズの練習をやる事になった。
反省会を兼ねて、みんなでケーキをたべながら紅茶を飲む。
バースデーケーキは、メイド長のコーエンさんが綺麗にカットしてお皿に乗せてくれた。
余ったケーキは、他のメイドさん達で分けてもらう事にした。
「カーテンは最初から閉めておきましょう」
メイドのアメリーが提案する。
確かに、照明の魔道具があるのでカーテンを開けなくても部屋は明るい。
「ギンジロー、私の誕生日もサプライズしてね」
こういった事は普通自分から言うものではないが、純粋にサプライズを楽しんでくれているみたいなので、かしこまりましたと伝える。
ソフィアの誕生日は12月25日らしい。
この女性は全てを持っているなと、心の中で思う銀次郎だった。
バースデーケーキと一緒に、何か誕生日プレゼントを考えますと伝えると
「誕生日プレゼント?」
首を傾げるソフィアの、銀髪をリボンで一つに纏めた後ろ髪が振れた。
この異世界には、誕生日プレゼントという文化はないらしい。
味覚など似た部分は多いが、文化や風土は日本とは大きく異なっている。
「誕生日にプレゼントを渡すと、相手の喜びが増すと思います。特に日常で使う物なら、それを使うたびに思い出されて幸せになっていく物ですよ」
誕生日をお祝いするアイリスお嬢様の実家は、大きな商家である。
男爵家とはいえ、裕福な家庭なのでアイリスが望めば大概のものは手に入る。
友人の誕生日にプレゼントを渡す習慣は無いので、ソフィアは素直に聞いてみる事にした。
「ねぇギンジロー、何を渡せばいいの?」
「相手の事を考えて贈るのなら、何でも嬉しいと思いますが……」
顎に手をやって考える銀次郎。
「アイリス様の使っている化粧品ブランドはわかりますか? 同じブランドのハイグレードなものや、普段使わない化粧品なら喜んでくれると思います」
「化粧って私はしないけど白粉の事? あとブランドって何?」
今日は日本と異世界のギャップを、これでもかと思い知らされる銀次郎。
ただ嫌な感じはしないので、持っている知識を使い説明を始めた。
「化粧品について私は詳しくないですが、女性を美しく見せる為の物だったり、お肌の調子を良くするみたいな感じです。ちなみにブランドとは簡単に言うと、生産者の事です」
ソフィアはなるほどねーと言って頷くだけだったが、メイド長のコーエンさんが食いつく。
「ギンジロー様、詳しくお聞かせ願えますか?」
言葉は丁寧だが、何か大きな威圧感を感じる。
触れてはいけない何かに、触れてしまったようだ。
「お綺麗なコーエン様には必要ないとかと思いますが、肌に潤いを与えてくれると聞いた事があります」
まずはジャブで距離感を測ってみる銀次郎。
「綺麗だなんてお世辞は良いとして、その化粧品は今ありますでしょうか? あと私に様付けは結構です。ギンジロー様」
ノーモーションのジャブで、厳しく追及してくるメイド長のコーエンさん。
先程、強引に美容の話を打ち切ったのが裏目に出たのか、今回は逃してくれそうにない。
「今はありません。明日お持ちします。すみません」
何故だか謝る銀次郎。
コーエンさんはお綺麗な人だが、美容の事になると人が変わってしまうようです。
ソフィアは化粧に興味は無いが、化粧品の誕生日プレゼントには興味深々だ。
お誕生日のアイリスお嬢様の他に、もうひとりのご学友で子爵家長女のライナお嬢様。
あとは母親と、目の前にいるメイド長のコーエンさんにもプレゼントをしたいと申し出があった。
このままだと大変な事になりそうだったので、明日の約束をして何とかこの場を離れる銀次郎であった。