第五十七話 お腹はいつもグー
「コンペートーって言う砂糖菓子、これも彼が持ってきたの。ちょっと食べてみて」
メイド長のコーエンは紅茶を淹れ直し静かに退室する。
「化粧品の事どう思う? このガラス瓶も恐ろしく形が整っているし。鏡だって我々の持ってるのとは全然違うのよ」
虎は久しぶりに会った気の許せる仲間に、少し興奮気味に話をする。
「エルザ、それは我々が聞きたい事よ。彼とはどこで出会ったの?」
アデルハイトの問いにエルザは、怪我をして動けなかった銀次郎を三女のソフィアが助けて連れてきた事を明かす。
「この砂糖菓子も美味しくて綺麗。王都でも見た事も聞いた事も無いわね」
美食家でも知られるアデルハイトも、コンペートーの事は知らなかった。
「彼このコンペートーの他にも私達が知らない物をたくさん持ってるの。黒目黒髪はこの辺りでは見ないし、もしかしたらどこかの国の貴族かなと思って調べたけど、何にも分かんないのよね」
「私も調べてみようか?」
アデルハイトは提案するが、エルザは首を横にふる。
「あの化粧品、他で売って欲しいと言われたら困るので内緒にして欲しい。化粧品は私だけに売るって言ってきたの。化粧品の価値を知っているのに、お金を儲けようとか権力を要求してきたりせず、むしろ面倒ごとだと思ってるのよね。信じられる?」
「信じられないわね。一応確認だけど化粧品は私たちに売ってくれるのよね?」
アデルハイトは大事な事なのでエルザに確認をする。
「もちろんよ。マインツ家を通さず私からという形で贈るわ。その代わりお化粧品の出どころがギンジローさんとバレないようにするのと、もし何かあったらギンジローさんは守ってね」
アデルハイトもフランツェスカもコクコク頷く。
「ちなみにあの基礎化粧品の他にも美容品をいくつか用意してもらってるの。明日の朝を楽しみにしててね」
「そういえばソフィアちゃんとギンジローさんがダンスを踊るのって、あなたわざとでしょ」
「分かっちゃった? ソフィアはギンジローさんに気がありそうなのよ」
女性三人が集まれば、どこでもガールズトークは始まる。
「たしか第三王子がソフィアちゃんを狙ってるって聞いたけど」
「第三王子は女癖悪いんでしょ? ソフィアも気がないしあの第二夫人の子じゃない。もしあいつが暴走したらフランツェスカ頼むわね」
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部屋を出た銀次郎は、セバスチャンに案内されてソフィアの待つ部屋に通される。
「ギンジロー、お母さんがごめんね。お茶会だけでダンスが無いって、私も今日聞かされたの」
ソフィアは何だか申し訳なさそうな顔をしているが、ソフィアにそんな顔は似合わない。
「ねぇソフィア、良かったらダンス踊らない? せっかく練習したしソフィアとダンス踊りたいな」
自然と言葉が出てきた。
ここ何日間か一生懸命ダンスを練習したのは、目の前の女性とダンスを踊る為であり喜んで欲しかったからだ。
それなのにソフィアは笑っていない。
銀次郎はソフィアの目の前で跪いて手を差しだす。
「えっでもドレスは着てないし音楽もないよ」
急な事で驚いているソフィアだが、繋がれた手は嬉しそうだった。
そのまま立ち上がり、ソフィアを抱き寄せゆっくりとステップを踏む。
「ねぇギンジロー、ダンス踊るならドレス着てくればよかったよ」
「ドレスを着たソフィアはもっと綺麗だろうね」
「何それ、ずるいよ……」
ただ揺れるように。
心臓の音がはっきり聞こえる。
月明かりが差し込むこの部屋は、二人を祝福してくれているようだった。
時を忘れてダンスを踊っていたが銀次郎のお腹がグーっと鳴ってしまった。
「ごめん、そういえば何もたべてなかった」
銀次郎は頭をかきながら、恥ずかしそうに打ち明ける。
「今日のギンジローかっこいいなって思ってたのに、急にお腹が鳴るんだもん。でも何だか私もお腹減っちゃったよ」
ダンスを踊る前は落ち込んでいたような顔だった女性が、今は笑顔でキラキラしている。
「一緒に何か食べようか」
考えた銀次郎は、セバスチャンに厨房を借りても良いか確認する。
「ギンジロー様大丈夫ですよ。いつでも好きな時に好きなだけお使いください」
まぁここにきた時はいつもセバスチャンとコーヒー飲みに行ってるし、料理長のオリバーなら許してくれるだろう。
「皆さんこんばんは。今日はちょっと厨房をお借りしますね。これおやつです」
銀次郎はみんなが気に入ってるパウンドケーキを渡す。
「おぉ悪りぃな。だが今日はメイドの連中誰も居ないぞ。奥様のお茶会で駆り出されちまってる。というかお前さんもお茶会じゃなかったのか?」
お茶会には参加したけどもう終わった事と、何もたべてないのでちょっと料理を作らせてもらう事を伝える。
「そりゃ別にいいが、ちょうど賄いを作ろうとしてた所だ。手伝うから俺たちの分も作れるか?」
ソフィアを見たが、みんなで食べるのは楽しそうだとOKしてくれた。
「じゃぁみんなの賄いも一緒に作りましょう」
メニューはパスタとサラダ。
後は大きなオーブンがあるからピザでも焼こうかなと思う。
まずはパスタだ。
オリバーさんに言って、トマトソース用のトマトを分けてもらう。
異世界にも様々な種類のトマトがあり、イタリア産のトマトとよく似た縦長のトマトだ。
細かく切って弱火にかける。
賄い分も含めると大量に作る必要があるのでトマトソースを作るだけでも大変だが、みんなが手伝ってくれて塩やハーブも入れて味を整えてくれた。
ハングリーベアーではハンバーグを作る用のミンサーがあるが、ここにはないので燻製肉のベーコンを贅沢に使うトマトソースパスタを作る。
後は卵とチーズがたくさんあるのでカルボナーラとペペロンチーノも作った。
「まずはパスタです。こっちがトマトソースでこっちが卵とチーズのカルボナーラ。作り方自体は簡単なので、試食した後は皆さんに作ってもらいますよ」
ソフィアも興味ありそうだったので、料理人の試食とは別に少しだけお皿に盛る。
「こりゃうめぇな。簡単に作れるとは言ったが、この小麦粉の棒を茹でて柔らかくするのとソースを絡ませるだけじゃなくて、茹でた汁を入れたのは何でだ?」
基本的にパスタは誰でも簡単に作れるが、ペペロンチーノの乳化について聞いてくるオリバーさんはさすが料理長だと思う。
乳化について説明すると、そんな考え方と方法があるのかと感心していた。
「ソフィアどうかな? 口に合えば良いけど」
ソフィアはトマトソースのパスタが気に入ったそうだ。
今回は挽肉がなかったからミートソースは作らなかったけど、今度は作ってあげようと心に誓った。