第五十四話 レイチェルさんと鏡
トーマス商会での話し合いを終え、銀次郎はエルヴィスの店に向かった。
ハリーとミリアには、お婆さんの所で野菜を仕入れて欲しいとお願いをしてお金を渡して別れる。
ハリーにはレンタル馬車があったし、強引にでも二人っきりにしないと何も始まらないからね。
「エルヴィスどう準備は?」
「よぉギンジロー、待ってたぞ」
熱烈なハグで迎えられた後、そのまま店の奥で話をする。
「レイチェルさん凄く楽しみだって。招待してくれるお客さんは年齢層も幅広いみたいだから、ここにある生地とサンプルは全部持っていこうと思ってる」
エルヴィスの考えに銀次郎は同意する。
「今渡してもいいものは受け取っとくよ。残りは明日で」
ドレスのサンプルや生地などを受け取る銀次郎。
エルヴィスは今度一杯ご馳走するよと言ってくれたので、たくさん稼いでまたマニーさんと呑もうと約束する。
「こっちの準備は大丈夫だよ。ドレスの展示会はエルヴィスしか採寸が出来ないから、お客さんを待たせてしまうと思う。だから紅茶やケーキ、あとはエデルにお願いして果物をつまめるように手配したから。夫婦で来るお客さんも多そうだし、なんなら旦那さんに酒でも用意しようか?」
エルヴィスはそれはやりすぎだと言いつつ、面白そうだなと笑ってくれた。
ウエルカムドリンクの紅茶の他に、簡単なカクテルを作るのも良いかもしれない。
果物はエデルがいっぱい持ってきてくれるし。
あとは商談成立時のスパークリングワインかな?
なんかそんなのをテレビで観た事がある。
銀次郎は新たに思いついた事をメモする。
「ドレスを買わなかったお客さんにはどうする?」
「どうするって別に何も考えていないが」
エルヴィスは何を言ってるんだ? と言った顔でこっちを見た。
「今回はレイチェルさんの紹介だから、ある程度の人は買ってくれるとは思う。でも買ってくれなかった人に何もしないのは、レイチェルさんにとってもエルヴィスにとっても角が立つと思うんだよね。次に展示会やったときには買ってくれるかもしれないし、何か展示会に来て良かったと思える事した方が良いんじゃないかな?」
エルヴィスは確かにそうだなと頷く。
「考えたんだけど、これをネックレスにして来てくれた女性のお客さんにプレゼントしよう」
そう言って、銀次郎はネットショップで購入したパワーストーンをエルヴィスに渡す。
エルヴィスはパワーストーンを一粒あしらったネックレスを手作りしていた。
エルヴィス自体はパワーストーンを高価な宝石だと勘違いしているが、パワーストーンはそれほど高くない。
それにこのネックレスが広まれば、エルヴィスの浮気もバレなくなりそうだし。
ただ瞳の色と同じ色のネックレスは贈らないように注意する。
相手のパートナーに変に思われても嫌だし。
エルヴィスは高価な物をいいのか? と聞いてきたが、これをエルヴィスブランドにしようと提案する。
ドレスには装飾品も必要だからね。
「ギンジローありがとな。ネックレスは今日作るがもし売ってくれと言われたらギンジローが売って、その金は受け取ってくれ」
こっちとしては純粋にエルヴィスを応援したくて手伝ってるが、エルヴィスがそれで良いならそうしようと二人で決めた。
他にも良さそうな装飾品は、ネットショップで買っておくかな。
もしかしたら欲しい人がいるかもしれないし。
「あとはこれ受け取って」
銀次郎は大きな姿見鏡を二枚渡す。
「凄いなこれ……」
エルヴィスは鏡を見て驚いている。
これは貰い過ぎだと言っているが俺の故郷では高い物ではないし、お客さんが自分がドレスを着たイメージをして貰う為にも鏡は必要だから取っといてくれと伝える。
あとレイチェルさんにも今回お世話になったので、鏡を渡す事も伝えた。
だってダンスホールに鏡があった方が、自分の踊りを確認出来るし良いでしょ。
今度はレイチェルさんと打合せをする為、エルヴィスと一緒にレイチェルさんのダンスホールに向かう。
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豪華な建物の扉を開けると、そこはレイチェルさんのダンスホールだ。
高い天井と木の床が特徴的で、素人の銀次郎が見てもここは良いダンスホールだと言う事が分かる。
レイチェルさんがピアノを弾き、二組のペアが社交ダンスの練習をしている。
一組はこの間も会った木材の商会のご夫婦だ。
仕事を引退後、社交ダンスに出会って趣味にしていると言っていたが、夫婦揃って趣味を楽しむって素敵だなと思う。
しばらく眺めていると曲が終わったので、レイチェルさんに挨拶をする。
エルヴィスはレイチェルさんと熱烈なハグを交わしていた。
見た目は気品溢れる淑女のレイチェルさんだが、行動はとても情熱的な方である。
銀次郎もレイチェルさんとハグをすると、甘くて良い香りがした。
レイチェルさんとエルヴィスが明日の打ち合わせをするので、二組のご夫婦は休憩する事になった。
こっちの都合で練習を止めてしまっているので、レイチェルさんにお湯をもらいお茶とお菓子を用意する。
「あら悪いわねぇ。この間ご馳走になったパウンドケーキ? あの味が忘れなくて。紅茶には砂糖を入れたって言ったら、息子が信じてくれないのよ」
木材の商会の奥様レーアさんは、嬉しそうに砂糖を入れて紅茶を楽しんでいる。
「あの時聞けなかったが、この紅茶も極上品だぞ。王都の商会で紅茶に詳しい奴がいたが、そこで出された紅茶よりこっちの方が間違いなく美味しい」
旦那さんのカールさんもご満悦のようだ。
もう一組のご夫婦も喜んでくれている。
「明日はドレスの展示会でしょ。息子も連れてきていい? このケーキと紅茶は間違いなく超一流品。悪いんだけどこの味を教えてあげたいのよ」
レーアさんから褒められて嬉しくなった銀次郎は、明日は美味しい物を取り揃えるのでぜひ来て下さいと伝える。
しばらくすると、レイチェルさんとギターを持ったエルヴィスがこっちに来た。
「ごめんなさいね。今度はギンジローさんと話をするから、みんなはエルヴィスのギターで一曲踊ってもらえるかしら?」
エルヴィスがいつもの優雅なお辞儀をすると、ご夫婦達は立ち上がる。
「ギンジローさん私にも紅茶を淹れてくれるかしら?」
もちろんと返事して用意する銀次郎。
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「確かにそうね。何も考えずお願いしたけどエルヴィスに採寸してもらって、デザインを決めるだけでも時間が掛かるわね」
明日の展示会でお客さんを待たせる時間が多くなりそうなので、ラウンジスペースを少し大きくとって、そこでお客さん同士交流を持ってもらう提案をする。
「私は良いけどギンジローさんは大丈夫? 思ったよりお金が掛かりそうなら私が出しますよ」
お金の事を心配されたが、そこは問題ない事を伝える。
レイチェルさんはドレスの展示会と、ダンスの発表会が楽しみなので、それをお金で揉めたり発表会が無くなる事を危惧している。
「本当にお金の事は大丈夫ですよ」
レイチェルさんに、展示会と発表会は楽しんでやりましょうと伝える。
「これなんですけど、良かったら使ってもらえませんか? 鏡があれば自分達のダンスの確認も出来ると思うので」
銀次郎はアイテムボックスから、ダンス用の鏡を取り出して壁にかける。
「まぁなんて物を。あなた本気なの?」
鏡は高価な物で、レイチェルさんも話に聞いた事があるだけだった。
「この間ダンスを教えてくれたお礼です。また教えて欲しいですし、鏡があれば自分のダンスも確認出来ますので」
レイチェルさんは呆れているが、ダンスの練習に鏡はあった方が良いと思う。
エルヴィスとカールさんに手伝ってもらい壁にダンス用の鏡を取り付けると、レイチェルさんは踊り始めた。
「レイチェルさん凄く綺麗だな……」
思わず呟いてしまうほど、レイチェルさんはキラキラしている。
こんなに喜んでくれるなんて良かったと思う銀次郎であった。