第五十三話 独立
陽の光で目を覚ました銀次郎は、庭にある井戸水を頭からかぶる。
クリーンの魔法は覚えたが、朝は井戸水を頭からかぶるのが一番だと思っている。
「おはようギンジローちゃん、ハリーが待ってるわよ」
今日も笑顔のクラーラさんに癒され、いつものカウンター席に座る。
「おはようハリー」
珍しく何もたべずカウンター席に座っている。
「おはよ、待ってたよ」
ハリーにモーニングをたべずに待ってるなんてどうしたの? って聞いたら、昨日たくさん作った焼きそばのソースを、ハンバーグにかけてたべてみたいとの事だった。
確かにハンバーグにはソースだが、ここは異世界だ。
できるだけこっちの食材で作れるように、今までトマトソースを推していた。
しかし昨日の夏祭りで焼きそばを作った時、うっかりソースを使ってしまったのである。
お祭りには焼きそば、焼きそばにはソースという単純思考で、この展開を考えられなかった自分がいけないのだが。
「バーニーさん、モーニングハンバーグを二つお願いします。今日はトマトソースじゃなくてこれを上からかけて下さい」
昨日使った業務用の焼きそばソースをバーニーさんに渡し、モーニングハンバーグ代はクラーラさんに渡す。
「ギンジローちゃん、また蜂蜜を売ってくれない?」
「じゃここに出しておきますね」
銀次郎は蜂蜜をアイテムボックスから取り出しクラーラさんに渡す。
「今日は朝からいい匂いがするな。俺にも同じものを作ってくれ」
どうやらソースの匂いにやられて、宿泊客がソースで作るモーニングハンバーグを注文した。
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「トマトソースも素晴らしいけど、あれは別格だよ」
ハリーを見ていると本当にハンバーグが好きなのがわかる。
焼きそばソースも美味しいけど今度ウスターソースで作るか、もしくはデミグラスソース自体を作ってハンバーグを作ってあげるかな。
そんな事を考えながらモーニングをたべて満足なハリーを連れて、商業ギルドへと向かうのであった。
「昨日はありがとうございました。どうぞこちらへ」
そのままミリア専用に部屋に通されたが、用件を済ませたらすぐに出るので紅茶はいらないと伝える。
「まずゴージャスかき氷の手数料だけど、これでいいかな?」
銀次郎はゴージャスかき氷八十四杯分の手数料、小金貨8枚と銀貨4枚をテーブルに置く。
ミリアからは商業ギルドの招待客以外にも売れたから手数料が多いと言われたが、一等地で屋台を出せたから売れたんだよと伝え、そのまま受け取ってもらう。
「あとこれが昨日の明細。親方の接待費だね。それとこれが昨日の売上。この手数料はどうする?」
ゴージャスかき氷の売上だけでも凄いが、昨日は他の招待客にウイスキーやコーラ、焼きそばに野菜スティック、ポテトチップなどのおつまみや、焼き鳥や焼肉もたくさん売れた。
「こちらに関してですが、昨日ギルド長とも話をしまして手数料は今回頂かないという事にしました」
どうやら今回の依頼には入っていなかった内容だったので、お詫びの意味も含めての事らしい。
「ギンジローさんにこちらを渡します」
ミリアがテーブルに置いたのは、商業ギルドの正式なギルド証だった。
名刺サイズの薄いカードだが、銅で出来た魔道具だ。
「売上と貢献度によってランクが変わります。ギンジローさんはすぐにランクが上がると思いますが、まずはこちらからお願い致します」
話を聞くと、大きな商会でもブロンズランクがほとんどらしい。
これから行くエデルの所のトーマス商会もブロンズランクだそうだ。
この魔道具のギルド証はお金の出し入れが出来るので入金をしますか? と聞かれたが、アイテムボックスがあるのでそのまま現金でもらった。
「それじゃ昨日のハリーの取り分は小金貨二十枚ね」
ハリーにお金を渡すとこんなに貰えないと言ったが、今後も手伝って欲しいからと言って、強引に受け取ってもらった。
「ミリア達にも渡したいんだけど」
昨日みんなに手伝ってもらったが、商業ギルド員として手伝っているのでお金は受け取れないみたいだ。
受付の娘がまたハンバーグをたべたいと言ってたので、打ち上げでご馳走する事を約束する。
「トーマス商会に行って、エデルの独立をお願いしに行こう」
いつの間にかハリーが用意していた馬車に乗って、エデルが待つトーマス商会に向かう四人。
ハリーはやっぱり貴族なんだなと思いつつ、いつもレンタル馬車のお金を出してもらっているので、いつか馬車を自分の商会で買えたらなと思う銀次郎だった。
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「急な申し出で申し訳ございませんが、お時間を取っていただきありがとうございます。こちらは羊羹と言って甘いお菓子なのですが、宜しければたべてください」
銀次郎は商会長のトーマスさんと、奥様に挨拶をする。
もちろんお願いと言ったら老舗の高級羊羹だ。
「わざわざお越し頂きありがとうございます。エデルからある程度の話を聞きましたが、詳しくお聞かせ下さい」
銀次郎が言い出した事なので、誠意を持って商会長のトーマスさんに話をする。
「トーマス商会に利益がある形で、エデルの独立を認めてもらいたいという内容を今からお伝えします」
トーマスさんは腕を組み黙ったままだ。
ある程度話を聞いていたとはいえ、すぐに認められる話でもないので慎重に進めていく。
「この何日かエデルと一緒に朝市で屋台をやっていました。この間お話をしましたが私には夏場でも氷を用意する事が出来ます」
商会長のトーマスさんと奥さんは黙って頷く。
「隣にいる商業ギルド員の助けもあり、マインツ大聖堂の司祭と助祭が今後もエデルに果物を納品して欲しいと話がありました。これはエデルにとってチャンスです」
トーマスさんは相槌を打つが、それ以外は黙ったままだ。
「夏場だけでなく、冬になってもエデルに果物を持ってきて欲しい。持ってきた果物は全て購入すると約束してくれました。教会がお客さんになってくれるのであれば、大きな利益になる事は間違い無いでしょう」
トーマスさんは目を瞑った。
ミリアを見ると、ここからは私が話をすると小さく頷く。
「商業ギルドのミリアです。今回の件を具体的に申し上げますと、まずはエデルさんの独立を認めて欲しいのです。エデルさんは大聖堂に果物を売る。その果物の仕入れをトーマス商会にお願いしたいと考えています。仕入れ値に妥当な金額を上乗せしてエデルさんに果物を卸して下さい」
トーマスさんは組んでた腕を解き、じっとこっちを見る。
「何か勘違いされていませんか? 私はエデルの独立を反対してなんかいません。ここ最近のエデルは活き活きとしており私は嬉しいです。ただ商売は一筋縄ではいきません。エデルはうちで一番若い。そんなエデルが自分の商会を立ち上げて、上手く行くのか心配でしてね」
なるほど、ずっと黙っていたのは反対や自分達の利益を引き出そうとしてたのではなく、純粋にエデルの事を心配してた。
疑うというか、自分の勝手な物差しでトーマスさんを判断してしまった事に深く反省する。
トーマスさんには大聖堂で見込まれる今後の利益の事、銀次郎のお茶会にエデルにも手伝って貰う事を伝えた。
果物仕入れとその手数料についても話をしたが、トーマスさんからはそんなのは要らないと断られてしまった。
この商売仕入れは重要で、それを人に任せっきりにするのは良くないとの事だった。
「それでは条件は特に無しで独立を認める、トーマスさんこちらで宜しいでしょうか?」
「それで構わない」
円満な独立が認められたので良かった。
「会長、奥様、ギンジローさん、ミリアさんありがとうございます!僕これから頑張りますので!」
未来ある少年の真っ直ぐな目。
そして弟子の独立を無条件で認めてくれたトーマスさん、
この二人に刺激されて、銀次郎も商売を頑張ろうと改めて決意したのであった。
いつも誤字脱字報告ありがとうございます。
やっと第二章に突入しましたので、引き続き宜しくお願い致します。