第四十五話 夏祭り前日
夏祭り前日という事もあり、商品買取のカウンターは混雑している。
受付カウンターは忙しそうだったが、少し待っていると手が空いたようだ。
「行きましょう」
そのままミリア専用の部屋に通される銀次郎とエルヴィス。
ミリアはまだ居なかったので、座って待つ事にした。
受付の娘が紅茶を持ってくる為に部屋を出ようとしたので、ネットショップで購入してあった有名パティシエ監修のカップケーキ詰め合わせセットを渡す。
「ケーキ好きな同僚が居るのでみんなで食べます」
お茶請けにと渡したがプレゼントと思われてしまった。
あわてて有名パティシエ監修のカップケーキ詰め合わせをもう一セットを渡し、紅茶と一緒に持ってきてもらう様お願いする。
「遅くなってすみません。ギンジローさん、エルヴィスさん昨日はありがとうございました。ドレスの展示会と発表会の件ですね。どの様な事をするのか興味ありますのでお話を聞かせて下さい」
ミリアが席に座ったので、銀次郎は説明を始めた。
「まず最初に知ってもらいたいのはエルヴィスが作るドレスを、レイチェルさんのダンスホールに通うお客さん達が欲しがった事。金銭面でゆとりのあるお客さんが多そうだったし、エルヴィスにとっては商売のチャンスだと思ったんだ」
ミリアもエルヴィスも黙って頷いている。
「ただ、ドレスは販売した後のメンテナンスが必要だから、エルヴィス一人じゃ手が回らなくなっちゃう。でもダンスホールという場を通して、お客さんとエルヴィスがやり取り出来れば顧客を増やしてもうまくいくと思うんだよね」
なるほどとミリアが頷くと、受付の娘が紅茶といくつものケーキを乗せた大皿を持ってきた。
紅茶を一口飲み、銀次郎は話を続ける。
「ダンスホールのお客さんは欲しかったドレスが手に入る。そのドレスを着て社交ダンスの発表会に参加し、家族や友人に自分達が踊る姿を見てもらう。そうする事によって日常では無かった刺激を味わえると思うんだ」
この間会った木材商会のご夫婦は、仕事をリタイアした今ぽっかり空いた時間を必死で埋めようとしている。
そこに社交ダンスの発表会を開催する事によって、人生に刺激と潤いを与えられたらなと銀次郎は思っていた。
一息付き紅茶を口にすると、いつの間にか受付の娘も席に座って紅茶を飲んでいる。
紅茶を飲む姿を見ると、この娘はお嬢様っぽいんだよな。
この間ハンバーグは三皿たべてたけど。
「そして一番刺激を求めているのはレイチェルさん。社交ダンスは華やかな場が似合うから定期的に開催出来たらと思ってる」
そう言って有名パティシエ監修のカップケーキ詰め合わせの中から、モンブランを取って一口たべる。
栗の香りとクリームの芳醇さが広がって、一気に口の中が幸せな気持ちになった。
エルヴィスは、いちごミルクシューを試すようだ。
手でいちごミルクシューを掴み、一口づつ食べていく。
後指についたクリームを、これでもかと舐め回す仕草はイケメンにしか出来ない行動だろう。
ミリアはベイクドチーズケーキを選んだ。
有名パティシエが監修した、ベイクドチーズケーキをミリアは気に入ったようだ。
俺もそれ狙っていたけど、ミリアの幸せそうな顔を見れたので良しとしよう。
受付の娘はチョコレートケーキを二口で堪能した後、次にティラミスを大皿から自分の皿に移す。
大きく口を開けてティラミスをたべようとするが、上に乗っていた粉を大量に吸い込んでむせてしまった。
あれって地味にきついんだよな。
「ギンジローさん、何枚のチケットをいくらで売る予定ですか?」
「んー、チケットは百枚くらいかな? たぶん社交ダンス発表会の参加者がチケットを買って家族や友達に渡すから、価格は高すぎず安すぎない銀貨2枚で考えてる」
手を顎にあてて少し考えるミリア。
「もし百枚売れた場合は大金貨2枚の売上ですね。会場費は掛からないとしても、紅茶やケーキを出すのですよね? それだけでも銀貨2枚なら安すぎる気もしますが」
「社交ダンスの発表会では儲けを考えていないんだ。ドレスの展示会でドレスが売れれば良いと思ってるし、自分自身の儲けはここでは考えてない」
「それではなぜギンジローさんは、ドレスの展示会と発表会を開催するのですか?」
「最初はエルヴィスの商売がうまくいきそうだから首を突っ込んだのと、純粋に楽しそうだったからだよ」
ミリアは頭の中で色々考えながら聞いていたが、落ち着きを取り戻した受付の娘はミルクレープを一枚づつ剥がしてたべている。
たぶん俺の話は聞いてないが、本能で動く人は嫌いじゃない。
その後はエルヴィスも交えて、ドレスの展示会と社交ダンスの発表会について話をつめていく。
商業ギルドの二人が手伝うと申し出てくれたが、わざわざ人員として手伝ってもらうのは悪いよと伝える。
するとミリアに、担当は私なので問題ないと言われてしまった。
「ミリア、夏祭りでのゴージャスかき氷の手数料多めに払おうか? 別に小金貨1枚で売るなら半分以上払っても問題ないけど」
ミリアには恩をもらい過ぎている。
商業ギルドでもたぶん上の位置にいるはずなのに、利益をもたらしていない自分に対して親切にしてくれる。
何か恩返しをしたいのでミリアに銀次郎が考えた案を伝える。
「ギンジローさん大丈夫ですよ。通常の手数料だけで充分ですから。ただもし我儘を言って良いのであれば、個人的にコンペートーを売ってくれませんか? 美味しかったからまた食べたいんです」
そう言えばハリーも気に入ってた金平糖。
ちょっとしたプレゼント用にネットショップで買った物なので、今ある分をミリアに渡す。
「とりあえず渡しとくね。これは手伝ってくれる対価として渡すだけでお金は受け取らないよ」
「こんな貴重で高価な物を……」
ミリアは遠慮してたけどネットショップでは銅貨7枚だったし、ミリアが望むなら何個でもあげちゃうけどね。
女性の前でカッコつけて自分に浸ってると、受付の娘が私も何か頂戴と手を出す。
そうだった……
この娘の事は考えていなかった。
「そうだね、いつも手伝ってもらってるから欲しい物を教えて」
「ケーキ……この間のロールケーキタワー」
ロールケーキタワーをたべたいとお願いされた。
「分かった。今度用意しておく」
喜ぶ受付け娘の顔を見てネットショップでは高額商品だが、この娘が笑顔になるなら仕方がないなと諦める。
エルヴィスにも今度食わしてくれと言われたが、そこはスルーする銀次郎だった。